2008-08-31
サチエ88
....「すみません、司令! 誤爆しました。
この上は、我が身を以て、敵サイトと差し違える所存です。
SEO万歳! 」
パパ・ウルフ「ウルフ・パック各機! サチエ88の編隊があがってきたぞ!!
今日の任務はWEB拍手に打撃を与えることだ。目的は充分に果たした。
ママ・ウルフ編隊と合流し帰還する!
フ……。焦らずとも、いずれサチエ88のサーチランキングを一機残らず塗り替えてやるさ…… 」
ママ・ウルフ「へっ、見てろよサチエ88……。次回はグーグルUSで歓迎してやるぜ 」
サキ 「さあ、こい検索オタども・・・このスレが見えたら飛んでこい」
「(´д`*)ハァハァ音と共に、サチ8のネタをひっさげて飛んでこい!!」
炎
炎
炎
炎
炎
炎
炎炎 炎炎
炎 炎 炎 炎
炎 炎 炎 炎
炎 炎 炎 炎
炎炎 炎炎
炎 炎 炎 炎
炎 炎 炎 炎
炎 炎 炎 炎
炎 炎 炎 炎
炎 炎 炎 炎
ラウンデル「1人も来ないかもしれませんよ。」
サキ「そうだな。」
サキ「使えそうな元ネタはほとんど前スレで使い切っちまった。(来るとすれば)
よほどの職人か、さもなくば・・・・・・・・」
ラウンデル「さもなくば?」
サキ「ただの荒しか、釣り師だ。」
シン・カザマ 「サチエ88コントロール。こちらシン・カザマ。
新型検索性能テストの為、アクセス許可を頼む。
検索系統はそう変わったところはないな、テキストボックスとサーチボタンによる
AND方式。用途のわからないスイッチや意味のわからない数値表示
がいくつかあるが…この際だ、ほうっておこう。
シン・カザマ、検索する!
このサイトは…!
お、重い!なんて重たいサイトだっ!一体ぜんたい何でできてるんだ!?
それにこの画像!!重い画像を有り余る強大なスクリプトで強引に表示してるのか!
このまま速度とウインドウ数の限界性能を…
!! …酸素マスクに、血の味?鼻血か!
ぐぅ、だ、だめだ…自前のCPUじゃPCが持たない!クローズして帰還する。
ものすごいポテンシャルのサイトだが…性能が俺の検索技術を上回ってる。
某SEO商人、すまないが俺はこのサイトは見れない。
…にしても、このサイトはどうしてこんなに重いんだ?
表示に必要のない余分なリンクでも積み込んでるんじゃないのか? 」
ラウンデル少佐「サキ様!一刻も早くこのサイトに戻られますよう私は祈っておりますぞ!
それまでこのサチエ88は私共が守り抜いてみせます!
みんな!もう少しの辛抱だぞ! 」
新米兵「カザマ大尉!僕のセレロンと大尉のCore2を交換して下さい! 」
ケン「♪ここは地獄の激戦区…
俺たちゃ地獄の悪魔と手を取った…
生きてHitする運は全てはSEOの神任せ…
サキ司令、引用符の指定は( > )でokだぜ。 それから目は大事にしなよ? 」
マッコイ「わしはマッコイ。通称マッコイじいさん。
自慢のランキングに、SEOはみんなイチコロさ。
クリックさえ用意すれば、新米から有名所まで、何でもランクアップしてみせるぜ。 」
....「あんた、そうやっておれたちに検索させてランキングかせいでいると地獄に落ちるぜ」
マッコイ「ここはサチエ88、地獄の一丁目だよ! これ以上、どこへ落ちろというんだね!?」
グレッグ・ゲイツ「WEB拍手の天才だ。コメントが何個来ようがぶっ潰してやるわ。
でも自作自演だけはかんべんな。 」
キャンベル「マッコイの爺さんはどこ行きやがった。 スクリプトボロで作動しなかったぞ、おい! 」
ボリス「PCの電気は消しておいたかい? 」
ウォーレン「強調文字が赤い夜はどこかで誰かが悪さをしてるのさ。」
2008-08-29
1997年のイソターネットより「光の三原色について」
発端
RinRin王国 #20080828
Orbium -そらのたま- 「マゼンタは色じゃない」は誤りです。
でまあ、色がゴニョゴニョ言ってるわけですよ。
とゆうことで、1997年のイソターネットより
■ゼンントラーディ軍編 光の三原色
----------------------------------------------------------------------
はじめまして。光の三原色と波長について疑問があるので質問させてください。
光の三原色である赤・青・緑の3色をあわせると白色になると教わりました。またプリ
ズムを使うと各波長に分離する事が出来ます。赤と青で紫(マゼンダ)になります。
ここで疑問が生じるのですが、青と赤から得られたこの紫をプリズムに通すとどうなる
のでしょうか。赤と青が得られるのでしょうか。可視光の短波長側に紫がありますが、
これとは異なる紫なのでしょうか。
つまり、三原色のうちの2つを合成して得られる、シアン(青+緑)、マゼンダ(青+赤
)、黄(赤+緑)は、自然光をプリズムを通したときに得られる、それらの色と異なる
かとう事です。
よろしくお願いいたします。
------------------------
一条輝
三原色っていうのは、人間の目の視神経が、可視光線を見たときに、三つの波
長帯に対してそれぞれ感じるってだけで、物理的な話とは違うわけです。
で、カラーテレビでも、カラーのコンピュータディスプレイでも、写真でも、
この人間の視覚の特性にあわせて、色を三原色に分離しているわけで、どこぞ
の宇宙人が写真とかカラーテレビの画面とかを見たら、色が妙な感じに見える
ことでしょう。
ロイ・フォッカー
マックスです。
昔話題になったときにまとめておいた記事が参考になるかもしれません。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
以下は1994年8月にゼントラーディ軍で私の質問をきっかけに議論された色の
認識に関する話題の抜粋です。議論に参加して下さった皆様、特に詳しく解説
していただいた専門の方々(ミリアさん、ワレラさん、ロリーさん、コンダさん)に、
お礼申し上げます。
本当は内容をきちんと整理してFAQリストに残せるような形にまとめておく
べきなのですが、その任は専門の方にお願いしたいと思います。
後半はよく理解できていないのですが、さしあたり最初に問を発した者として、
こんな形でまとめて締めくくっておきます。
|私の読んだ文献(*)によると、ある言語に基本となる色彩の名前がいくつか
|ある場合、
|2色 白、黒
|3色 白、黒、赤
|4色 白、黒、赤 および 黄、青、緑 のうち1色
(省略)
|というような規則があるそうです。ちなみに、英語の場合は Max の11個だそ
|うです。
|その理由について、人間の目と脳の神経細胞の特徴と、ファジー集合理論によっ
|て説明づけている研究もあるそうです。
|*) 参考文献: 「認知意味論」ジョージ・レイコフ著、池上他訳
色彩学(?)などで「三原色」の組み合わせでどんな色でも出せるなんて理論
を習った気がするんですが、色の物理的な意味は電磁波のスペクトルですから、
有限の要素からあらゆるスペクトルを導きだすことはできないはずですよね。
きっと目の構造や認識のメカニズムと関係しているんでしょうね。
--
マックス
人間の視覚に関っている網膜の色素細胞は3種類で、それぞれが異なる吸収
極大を持っています。ですから、三原色という要素が、つまり基底ベクトル
の組が存在することになるのです。 もちろんそれらが張るベクトルは無限
に存在します。感覚の量子化みたいなことはあるでしょうから、区別できる
色の数は限られるでしょうけど。
ミリア
ワレラ@ゼントラーディ軍と申します。
加法混色法や減法混色法などという、たかだか数個の色を混ぜ合わせることで、
多くの色をつくり出す方法がありますが、これらの方法では、どうしたって、
人間の知覚できる自然界の全ての色を出すことはできないそうですね。(いち
おう3つぐらいの色があれば、自然界の大部分の色をつくり出せるそうです。
テレビの信号伝送などに使われている NTSC という規格では、ある決まった
赤、緑、青の3色を使っているようです。
日本色彩学会編の「色彩ハンドブック」の巻頭には実際の色をコンピュータディ
スプレイで表示した色度図の写真が出ているのですが、ディスプレイ自体が
赤緑青の加法混色法で表示していて、表示できる色の範囲が限定されているた
め、できるだけ正確に色を出すのに、大変な苦労をしたと、このハンドブック
の編集委員会にいらっしゃった方にうかがった覚えがあります。
ところで、不思議なのは、同じ色として知覚できるのに、スペクトルが全く異
なる色信号が存在するという事実です。人間の視知覚細胞は3種類あるそうで
すが、ニューロンでこれら細胞から出る信号を足したり引いたり非線形変換し
たりすると、それぞれの種類の細胞の発火強度が異なる信号どうしでも、同じ
色として知覚できるということが、なんとなく分かるような気がするのですが、
実際のところはどうなんでしょう。
--
ワレラ
ロリーです。
# 私の専門はいちおー「色彩工学」だ、という事を知っている人は
# 少ない ^^;
>加法混色法や減法混色法などという、たかだか数個の色を混ぜ合わせることで、
最低3種の色が必要です。一般には RGB や CYM が使われますが、原理
的には独立であればどんな組み合わせでも構いません。独立というのは、
3つのうち2つを組み合わせても、残りの1つに等色できないという事
です。
> 多くの色をつくり出す方法がありますが、これらの方法では、どうしたって、
> 人間の知覚できる自然界の全ての色を出すことはできないそうですね。
極めて彩度が高い色などの場合、そのまま足し合わせても等しい色を作
ることはできませんが、負の項の存在を認めるとすれば、どのような色
でも作ることができます。
つまり、例えば RGB の光を組み合わせても、500nm の色光 (あざやかな
シアン色) は作れませんが、目標色のシアンに赤の光を加えて彩度を落
とせば、残りの GB 色光によって等色できます。つまり
C(500) + R(r) = G(g) + B(b)
C(500) = -R(r) + G(g) + B(b)
となる訳です。 (ずるい?)
>ところで、不思議なのは、同じ色として知覚できるのに、スペクトルが全く異
>なる色信号が存在するという事実です。
ご存知の通り人間の視知覚細胞は3種類で、それぞれの細胞はスペクトル
感度特性が異なっています。これを近似したものが「等色関数」と呼ばれ
それぞれ x(λ),y(λ),z(λ) としましょう。
_
# 本当は x(λ) のように上線が付きます。
物体色 (光が物を反射してできる色) の場合ですと、反射光のスペクトル
は、光源の分光分布 S(λ) と物体の分光反射率分布 ρ(λ) の積で表わ
されます。この色光によって人間が感じる刺激 (色刺激値)
X = K ∫ S(λ)ρ(λ)x(λ) dλ
Y = K ∫ S(λ)ρ(λ)y(λ) dλ
Z = K ∫ S(λ)ρ(λ)z(λ) dλ
のようになります。積分範囲は可視光の範囲である 380nm〜780nm です。
このようになりますので、当然 S(λ)ρ(λ) が異なっていても、同様の
刺激値を与える場合は、無数にあります。当然このような場合でも、照明
光源のエネルギー分布が変われば、別の色として知覚されます。
# 参考文献:
# 「色彩工学の基礎」池田光男著:朝倉書店
# 「産業色彩学」納谷嘉信:朝倉書店
ロリー
中学校の図画で三原色の円の重ね合わせの図は、こういうことですか。
ポイントは、
|>ところで不思議なのは、同じ色として知覚できるのに、スペクトルが全く異
|> なる色信号が存在するという事実です。
(略)
|このようになりますので、当然 S(λ)ρ(λ) が異なっていても、同様の
|刺激値を与える場合は、無数にあります。当然このような場合でも、照明
|光源のエネルギー分布が変われば、別の色として知覚されます。
すべてのスペクトルは出せなくても、人間の知覚にとってあらゆる刺激は作り
出せる、ということですね。
--
マックス
ミリアです。ちょっと補足。
> > 人間の知覚できる自然界の全ての色を出すことはできないそうですね。
> 極めて彩度が高い色などの場合、そのまま足し合わせても等しい色を作
> ることはできませんが、
ちょっと不正確な表現でした。色に関する文献などを見ると、図
に示すような扇型みたいな形の図を目にすると思います。これは
「スペクトル軌跡」といって、スペクトル色光の軌跡を現してい
ます。数字はスペクトルの波長を表し、この内部が色として知覚
できるのですが、
y
| 520
| ....
| 500 .. ... 540
| . ...
| . G ..
| . ..
| . .. 600
|480 . R ..
| . B ...... 650
| . .......
|380 ........
+------------------------------ x
x = X / (X + Y + Z)
y = Y / (X + Y + Z
ここで、RGB を例えばディスプレイのそれぞれの色を完全発光させ
た場合の色度座標を表すとすると、当然これらの混色によって表す
ことのできる色は、RGB によって作られる3角形の内側ということ
になります。
> この色光によって人間が感じる刺激 (色刺激値) は
> X = K ∫ S(λ)ρ(λ)x(λ) dλ
ここで K は基準化の係数で、
_
K = 100 / ∫ S(λ)y(λ) dλ
として示されます。分光反射率 ρ(λ) = 1.0、波長に関係なく一定の
場合に Y = 100 となります。つまり Y が反射率に対応するように、
基準化されています。
ミリア
ミリアです。
「色」によって生じる「刺激」は先日のような積分で表すことが
できますが、に色の「見え方」を考える場合はさらに、前回示した
ような「色度図」で考えるといいと思います。
対象となる色の色度座標が、図の中の だったとすると、まず
白色点 (基準となる光の色) から s を通ってスペクトル軌跡に
交わる直線を引きます。
y
| 520
| ....
| 500 .. s'|... 540
| . | ...
| . | ..
| . s ..
| . | .. 600
|480 . w ..
| . ...... 650
| . .......
|380 ........
+------------------------------ x
スペクトル軌跡との交点 s' をその色の「主波長」といい、どの
ような色か (色相) を表し、直線 s'w と sw の長さの比を「刺激
純度」といって、その色の強さ (色み) を表します。
この場合ですと、520nm 付近で交わっており、割と白色点に近い
ので、この色は薄い緑色であることが分かるという訳です。
照明光の色が変わった場合も、基準白色がその照明光の色の方向
に修正されるんだと思いますが…「順応 (adaption)」などの問題
もあるので、単純には言えないかもしれません。
このような「色の見え」を考えるために、color apperance model
と呼ばれるモデルが何種類か提唱されています。Hunt や納谷先生
のものが有名ですが、まだ決定打には至らないように思えます。
# ごめんなさい、このあたりは勉強不足なんです --;
ミリア
ワレラ@ゼントラーディです。
>>加法混色法や減法混色法などという、たかだか数個の色を混ぜ合わせることで、
>最低3種の色が必要です。一般には RGB や CYM が使われますが、原理
>的には独立であればどんな組み合わせでも構いません。独立というのは、
>3つのうち2つを組み合わせても、残りの1つに等色できないという事
>です。
なるほど。「最低3種の色が必要」というのは、人間の視細胞が3種類あるこ
とからきているんでしょうね。(視細胞がn種類の生物だと、n色でその生物
が知覚できる全ての色が現せるわけですね。)
>極めて彩度が高い色などの場合、そのまま足し合わせても等しい色を作
>ることはできませんが、負の項の存在を認めるとすれば、どのような色
>でも作ることができます。
>つまり、例えば RGB の光を組み合わせても、500nm の色光 (あざやかな
>シアン色) は作れませんが、目標色のシアンに赤の光を加えて彩度を落
>とせば、残りの GB 色光によって等色できます。つまり
> C(500) + R(r) = G(g) + B(b)
> C(500) = -R(r) + G(g) + B(b)
>となる訳です。 (ずるい?)
ところで、これの意味することは、R(r), G(g), B(b) を使うだけでは、実際
には極めて彩度の高い色 C(500) は作れないけれども、R(r) を C(500) と混
色して彩度を落した色だったら作れるということですね。(いかん。コンダさん
の文章とほとんど同じになってしまった。)
色が負になることを認めれば、人間の知覚できるあらゆる色を R(r), G(g),
B(b) という数字?で表現できるわけですね。
# それにしても負の色ってなんだろう。実在するんでしょうか?
>ご存知の通り人間の視知覚細胞は3種類で、それぞれの細胞はスペクトル
>感度特性が異なっています。これを近似したものが「等色関数」と呼ばれ
>それぞれ x(λ),y(λ),z(λ) としましょう。
(中略)
>このようになりますので、当然 S(λ)ρ(λ) が異なっていても、同様の
>刺激値を与える場合は、無数にあります。当然このような場合でも、照明
>光源のエネルギー分布が変われば、別の色として知覚されます。
なるほど、さすがに専門家ですねぇ。非常に良く分かりました。ありがとうご
ざいました。
ところで、x(λ),y(λ),z(λ) ですが、これは、視細胞自身の感度特性ですか。
だとすると、X,Y,Z は、分光分布 S(λ)の光源で、分光反射率分布ρ(λ)の物
体を見た時の、視細胞が出す出力ということになるわけですね。
--
ワレラ
ロリーです。
> ところで、x(λ),y(λ),z(λ) ですが、これは視細胞自身の感度特性ですか。
えーと、等色実験などの結果をもとにして CIE (国際照明委員会) が
「標準観測者」として規定したものです。細胞の感度特性そのもので
はありませんが、深い関係があるものです。
詳しくいうと、この等色関数には2度視野のものと10度視野のもの
があります。これは眼球内の細胞の分布が、視野の中心付近 (中心窪
と呼ばれる部分) とそれ以外の部分で異なっているためです。
また、本当は人によって若干の違いがあるそうです。
> だとすると、X,Y,Z は、分光分布 S(λ)の光源で分光反射率分布ρ(λ)の物
> 体を見た時の、視細胞が出す出力ということになるわけですね。
ちなみに、透過光の色を考える場合は当然ですが、分光反射率分布の
かわりに分光透過率というものを用います。またこの場合、正規化の
ための係数 K は必要なくなります。
>なるほど。「最低3種の色が必要」というのは、人間の視細胞が3種類あるこ
>とからきているんでしょうね。(視細胞がn種類の生物だと、n色でその生物
>が知覚できる全ての色が現せるわけですね。)
色を識別する細胞ってのは2種類(赤緑と青黄)だと思いますが。もう1種類
は明るさを識別する細胞で…
#で、赤緑色盲はいるけど青黄色盲は見つかっていないって。謎だ!
--
プ、プロトカルチャー
ブリタイ
>> 色を識別する細胞ってのは2種類(赤緑と青黄)だと思いますが。もう
>> 1種類は明るさを識別する細胞で…
あれ、
手元にあるのは岩波新書の「色彩の科学」ですが、
視細胞にはかん体と錐体があって、かん体は明るさを、錐体が色を
感じる。昼間は主に錐体が働き、夜(暗いところ)ではかん体が働く。
で錐体には R G B あるように書かれてますが...
赤と緑,青と黄色,明るさ,を識別しているのは大脳の視覚中枢における感
覚特殊性細胞のことですね.網膜の錐体細胞は,フォッカーさんの言われる通り,ヘ
ルムホルツ三原色の赤,緑,青 (RGB) を感じとっています.
--
>赤と緑,青と黄色,明るさ,を識別しているのは大脳の視覚中枢における感
>覚特殊性細胞のことですね.網膜の錐体細胞は,ボーグナインさんの言われる通り,
>ヘルムホルツ三原色の赤,緑,青 (RGB) を感じとっています.
なるほど、私は目が悪いだと思っていたんですが、頭が悪かったんですね…
認識をかえます。
--
柿崎
ミンメイ@娘々邸です。学部時代は網膜視細胞をいじっていたのですが、
その後は色からは離れています。
網膜の視細胞はロドプシンを含む杆体(rod)とフォッカーさんらが書いておられる
色覚を司る錐体に分けられます。ヒトを含む
霊長類では基本的に3種類の錐体がそれぞれ一つずつの色素タンパクを持って
います。多分1985年だったと思うのですが、Nathans(息子の方)が錐体の色素
タンパクの遺伝子の論文をNatureに載せてから、視細胞レベルでの研究が飛躍的
に進んだ記憶があります。ちなみに視細胞レベルでは、鳥類だと色覚タンパクが
3つより多かったような気がしますし(不確か)、カメなどでは色の付いた油滴
がフィルターの働きをしているなどという面白い話があります。
以下は主に霊長類を念頭に置いた中枢の話です。
網膜内でも視細胞から一歩進むと既に赤-緑、青-黄の反対色の反応特性を持った
細胞が出てきますし、神経節細胞では受容野の中心部と周辺部で反対色に応じた
りします。外側膝状体は運動視に深く関わる大細胞系と形態視(色を含む)に
深く関わる小細胞系に分かれ、その分離は大脳皮質の第一次視覚野に入ってから
もかなり保たれています。この辺は最近の視覚系の生理学の紹介などを読まれる
と必ず載っていると思います(多分Maunsellの視覚関連領野の階層的結合の図が
引用されているでしょう)。まあ、大雑把に言うと運動視は頭頂連合野の方で、
形態視は側頭連合野の方で処理されるわけです。途中V4(第4次視覚野)では
色の恒常性をモンドリアン図形で調べたZekiの仕事(Nature 1980)などが有名
です。
ちょっと古くなってしまいますが、岩波書店の「脳科学の新しい展開」(伊藤
正男・酒田英夫編)の早瀬先生のレビューにこの辺のことは詳しく紹介されて
います。
うちの艦内の柿崎さんの論文 Color Selectivity of
Neurons in the Inferior Temporal Cortex of the Awake Macaque Monkey.
J. Neurosci. 12: 408-424, 1992.では下側頭皮質で(3原色ではなく)
色空間がどのように表現されているかが調べられています。この辺に来て
ようやく色の知覚の生理学が、心理的な色のカテゴリー化などと比べて
論じられるかな、という感じです。
ということで、生理寄りの色の話を雑駁にしてしまいました。間違い等は
どんどんご指摘下さい。
*********************************************************
ミンメイ
*********************************************************
ちなみに視細胞レベルでは、鳥類だと色覚タンパクが
3つより多かったような気がしますし(不確か)、
鳥類は4原色じゃなかったでしょうか?
--
ブリタイ
% エビには10種類以上の視細胞があるそうです。
%T.W. Cronin & N.J. Marshall, Nature 339 (1989) 137.
ロリー@素人です。
> |赤と緑,青と黄色,明るさを識別しているのは大脳の視覚中枢における感
> |覚特殊性細胞のことですね.網膜の錐体細胞はロリーさんの言われる通り,
> |ヘルムホルツ三原色の赤,緑,青 (RGB) を感じとっています.
>
>網膜の視細胞はロドプシンを含む杆体(rod)とゼリルさんらが書いておられる
>色覚を司る錐体に分けられます。ヒトを含む霊長類では基本的に3種類の
>錐体がそれぞれ一つずつの色素タンパクを持っています。
人間の知覚できる色の範囲は色立体と呼ばれる3次元図形で表せることを、昔
習った覚えがあります。したがって、光を感じる細胞が、明るさを感じとる杆
体と、赤、緑、青を感じとる錐体の4種類あるのは、冗長のような気がしたの
ですが、実は明るさによって杆体と錐体を使い分けていたのですね。つまり、
明るい時は、赤、緑、青を感じとる3種類の錐体から出る信号を使って、色立
体で表されるような3次元的な色の知覚を行ない、暗い時は、杆体から出る信
号を使って、グレイレベルで表せるような1次元的な色(?)の知覚を行なう
というわけですね。
--
ロリー
初めまして。
コンダ@マイクローンがテーマです。
今まで、色の見え方に対してこんなに議論が巻き上がっていたとは
知りませんでした。
生物屋として、網膜で何が起こっているかを説明させていただこう
と思って出てきました。専門ではありませんが、近いと言えば近い
ので。
図が書ければいいのですが、どこかで、錐体物質の差吸光スペクト
ルの図を探してください。
私の説明できるところは、錐体細胞には紫、緑、赤を特に強く感じ
る3種類の細胞群があるが、それらの吸光特性からだけではヒトの
感じる色彩については説明できないと言うところです。
理由は簡単です。網膜には神経細胞として、水平細胞、双極細胞、
アマクリン細胞などと呼ばれる機能的、形態的に異なった細胞があ
り、視細胞の興奮は、それらの細胞で修飾されたあと、視神経に伝
達されて、脳に伝えられ、そこでも、修飾を受けるからです。
例えば、508nmの波長の光がヒトの目に入射したとします。この光は、
差吸光度で言うと緑錐体で0.85、赤錐体で0.3、紫錐体で0.3だけ吸
収されます。しかし、この光は、これらの3色を混ぜた色にはなり
ません。
視細胞興奮の後、水平細胞が、これらの細胞の、シナプス(次のレ
ベルの細胞に興奮を伝達する部位)に、神経細胞突起を伸ばしてお
り、緑錐体の興奮を受けた後、赤錐体、紫錐体のシナプスにも伸ば
している突起の先端から、2つの錐体の興奮を抑制する神経伝達物
質を放出します。同じく、赤錐体の興奮を受けた別の水平細胞の緑
錐体、紫錐体シナプス部位への抑制性神経伝達物質の放出も見られ
ます。紫錐体についても同様です。しかし、その抑制性伝達物質の
放出量は、興奮の度合い(頻度)によって規定されますので、緑錐
体の興奮を消去するには至りません。その結果、視細胞の次のレベ
ルへの情報伝達内容は、「緑錐体の興奮」としてだけ伝わることに
なるのです。
これは、側抑制などと呼ばれ、ある細胞の興奮の伝達を強化する機
能と考えて良いかと思います。
この見え方は、照度、隣接する色、視細胞の順応度その他によって
かなり左右されるようです。
また、心理学の世界になると思うのですが、記憶色なんてのもあっ
て、これは赤いはずだ、なんて感じ方もあるらしいです。
この分野はまだまだ新しい理論が出て来る可能性があり、流動的だ
そうです。
------------------------------------------
コンダ
================ END OF FILE =========================
この問題には素人なので、詳しい人の解説を待ちますが、
光をあるいは色を人間がどう感じるかという問題が絡んできます。
常識的な強度では赤と青を混ぜた光はプリズムを通せば元に戻ります。
人は目の中にプリズムを持っているのではなく、
3色を感じるセンサーも持っていて、その反応から色を識別します。
従って、同じ色にみえていても、
色センサーが同じ反応をしている異なる光でありえるわけです。
ラプ・ラミズ
----------------------------------------------------------------------
何、たいしたことない?
イソターネットの真髄はメルトランディに(orz
■メルトランディ軍編 SONZAI
(説明不足の箇所を補足します)
> 治験期間中にはどちらが偽薬でどちらが薬
> なのかは、患者だけでなく、医者にも病理学者にもわからない
> ようにできるわけですから、患者だけが特別な立場に置かれてる
> わけではありません。
時間的な順序は関係ないです。例えば、加速器の実験で、
粒子の衝突が終ってから、解析結果が出るまでの間の
研究者の立場と比較してみて下さい。
記録帳を見ない場合の患者と医者が病理学者と異なるのは、
「薬効」の存在の認識に参加しないことです。記録帳を
見る場合は、病理学者と違いはありません。けれども、
後者では、患者は抗生物質の存在を認識していますから、
認識なく薬効が存在するケースにはなっていません。
> だったら、なんだというのでしょうか?意味不明です。
> いったいどういう脈絡なのかわかりません。憶えてなければ
> なんだというのでしょうか?その気になれば台数を正しく記
> 録することはできますけど?
> だから、なにを示すための例なのかはっきり言明してくださらない
> とわけがわかりません。
ご自分がなさったコメントくらい、覚えていてくださいね。
「瓶は主観がないから例として不適切だ」とおっっしゃたから、
瓶の代わりにあれらの例でどうか、と申し上げているわけです。
> それに対しては、言語を異にする人
> の間であっても、現物をみればバラの色は同じ色として認識できる
> はずだと申しております。
その、どうやって「同じ」だと判断するのですか?
根拠を示さず、「はず」なんて言われても、科学的議論でも
哲学的議論でもないのではないでしょうか。
> どこか変なこと書いてますか?もしそうなら、どこが変なのかきちん
> と示した上で批判してください。こちらが尋ねたことになんの回答も
> せず、こういう感情的な反応をいただくだけでは、どう対処していい
> ものやら困ってしまいます。そもそも「ああいう発想」ってなんです
> か?ちんぷんかんぷんです。
変な点:相手の言い分が理解できないことを、相手を罵倒することで
済ませている点
あなたが尋ねたことへの答:例えば、多義図形や得体の知れない絵を
見せて何に見えるかという心理テストを
ご存知ですよね。このように、既存の
特徴や意味の分節では割り切れないもの
に遭遇した場合には、使用言語が全く
同一でない限り、同じ特徴が指摘される
とは限りません。
「ああいう発想」:対象存在の即自性を自明だとみなし、それに
疑いをかける意見に感情的に反発する発想
---
ラプラミズ
>1 今議論していることは、浮世離れした話ではなく、人工知能の
>フレーム問題などと直結する内容を含むこと。
それはいいことですね。よくわかりませんが、実証的な展開が望めると
面白いですね。
>2 「物体が存在する場合、私の観測とは独立に存在する(した)はずだ」
>という主張をぼくも共感できること。
そのように伺ったように記憶しております。
>2で触れた命題を主張するには、エキセドルさんがあげた例は不適当では?
>薬効の存在は、ぼくにはこの命題とは無関係に思えるし、ご自身も御気付き
>でしょうが、バラの色の例は誤解を招きがちです。
薬効の問題も、バラの色の例も、私が考え出したわけじゃないんで...。
箱の中身が一緒になるっていう例を出しても、誰も相手にしてくれないし(笑)。
あれもよくなかったですかねぇ...。
>#おいらも、なんか考えてみようかな。
がんばってください。
>それから「物理学はうんタラ」っていう逃げはなしです。物理は、この手の
>ことを表向き考えなくてよいことに学問です。「物理」ではこの手のことは
>問題にならないのは、だから、当たり前です。そんなことをいうのなら、哲学
>の議論はすべきではありません。
私が積極的に物理学の話を持ち込んだわけじゃありませんので...。あえて言
えば、物理学の話は物理学の世界で閉じてるわけじゃなくて、我々の世界観
というものにまで大きな影響を及ぼしてますから、決して哲学とも無縁じゃ
ないと思うんですけどね...。
>例えば、ミンメイさんが寝ているうちに酔狂な人が、脳みそを取ってヴァーチャル
>リアリティーの機械にかけたとしましょう。
その例はずいぶん前に私が持ち出したように思いますけど...。
うん、確かに、
>>可能性がゼロではないというのは、仮に唯物論的な立場にたったとしても、
>>「自分は、脳に繋がれた電極が全ての情報を与えている仮想現実の中で暮
>>らしているだけなのかもしれない」という可能性を否定できるわけではな
>>いというようなことからです。
って、書いてますねぇ。
>#「桶(?}の中の脳」っていう有名な思考実験です。そろそろ、現実味を帯
>びてきた話ですよね。
有名な思考実験なんですか...。出典はなんでしょう?
私が、上記のような発想を目にしたのは、子供の頃、少年向けの通俗SF
からでしたけどね。もう、30年近く前の話ですが...(歳がばれそう;-)。
>#そんな暇なやつはいない、っていえば、デカルトの議論と同じになるかな。
ここで議論してるような暇人ならわかりませんよ(笑)。
> > blueとgreenは似ているので区別しない文化もあれば、区別する文化
> > もあって不思議はないと思います。
> だから、「何と何が似ていて、何と何が似ていないか」という
> 基準が言語によって異なっているのです。
青と緑を区別しない文化があることは事実です。しかし、これは文化に
よって「何と何が似ていて、何と何が似ていないか」という基準が異な
っていることの根拠にはなりません。これらの色は色相図上で隣接した
領域にあります。もし、「どの色とどの色が似ていて、どの色とどの色
が似ていないか」の基準が言語や文化によって全くバラバラなのであれ
ば、(日本語で言うところの)赤と青を区別しない言語や、黒と白を区
別しない言語があってもよい筈ですが、そのような言語は存在しません。
現実に存在する言語では、ある色とある色を区別しないとき、それは必
ず色相図上で隣接した領域にあります。
このことは、光のスペクトルがどの文化に属する人にとっても同じで
あることを示しています。このことは言語や文化に依存しない光という
客観的実在を認めなくては説明できません。つまり、この事例は光とい
実在の存在を強く支持するものであり、唯物論を支持する強力な根拠な
のです。(無論、光子も物質の一種です)
デワントン3565
> 青と緑を区別しない文化があることは事実です。しかし、これは文化に
> よって「何と何が似ていて、何と何が似ていないか」という基準が異な
> っていることの根拠にはなりません。これらの色は色相図上で隣接した
> 領域にあります。
> このことは、光のスペクトルがどの文化に属する人にとっても同じで
> あることを示しています。このことは言語や文化に依存しない光という
> 客観的実在を認めなくては説明できません。つまり、この事例は光とい
> 実在の存在を強く支持するものであり、唯物論を支持する強力な根拠な
> のです。(無論、光子も物質の一種です)
では、赤と紫がマゼンタを挟んで連続的に感じられる理由を、
光の存在のみから説明できますか? 波長は倍以上も違うんですよ。
赤と紫を色カテゴリーとして区別しない言語はもちろんあります。
これには、2つの点を指摘しておく必要があります。
1。視覚系による色彩知覚の議論と、言語の色カテゴリーの議論は
別であり、直接混同すべきではない。
2。にもかかわらず、物理信号そのものの性質だけでなく
主体が何を区別して何を区別しないかに依存する、
という点では、両者に共通の性質が見られる。
以下では、言語の色カテゴリーのほうではなく、視覚系の
色彩知覚の話をしましょう。
すでに投稿した記事に書いたのですが、人間が知覚するのは、
光のスペクトル I(λ) そのものではなく、3種類の特性の
視覚神経の反応値(x、y、z)であり、I(λ) から色座標内の
3次元ベクトル(x、y、z)への写像はもちろん単射ではありません。
すなわち、物理的なスペクトルが異なっていても、視覚的に
区別できない色は無数にあります。この写像の近似式に用いる
データは、理科年表の物理科学部にも載っています。
この写像は、多少の個人差こそあれ、言語によらず
人類共通のものです。しかし、それは人間の視覚の
癖であって、動物の種類が異なれば、この写像は
異なります。つまり、ある動物には区別できても
人間には区別できない色とか、その逆の例とかが
無数に存在します。これは、生物学では昔から
知られていることですし、1万円札をカラーコピーしても
同じ色が再生できないのも、これと類似の理由からです。
これは、視覚系でなく言語の色カテゴリーのほうの問題での
「民族」を「動物種」に置き換えた議論と、結局は同じような
議論になっています。
このことは、光のスペクトルが物理的に同じであっても、
認識に依存せずには知覚される色が議論できないないことを
示しています。このことは認識や識別に依存しない色彩属性という
客観的実在だけを考えていたのでは説明できません。つまり、
この事例は色彩の共通認識というものが唯物論だけでは
うまく説明できないということの強力な根拠なのです。
---
ラプラミズ
ども、ワレラです。
ミンメイさん、こんにちは。
>>1 今議論していることは、浮世離れした話ではなく、人工知能の
>>フレーム問題などと直結する内容を含むこと。
>それはいいことですね。よくわかりませんが、実証的な展開が望めると
>面白いですね。
この手の、AI や、認知絡みの工学的研究は、哲学的問題と非常に
似通った(というかその物という説もありますが)問題にぶちあたるよ
うです。
ロボットに「部屋の中に何があるのか」を判断させるだけでも、も
う大変です。物理をロボットに教えたってだめですよ(笑)。
何が存在するのか、という問いに、「物理の教科書」を見ろなんてい
うのは、それこそなんの役にも立たない非実用的な「解答」です。
まじめな工学者が聞いたら怒るかもしれない。
また、たとえば、「同一性」の問題なんかもそうですね。文字認識なんか
いい例でしょうか。OCR の性能は大分上がったようですが、まだ、
人間だったら平気で読める字を、読み取れなかったりすることがあるで
しょう?人間になんで、「同じ」文字に見えるのかっていうのは、よく
考えなきゃいけないことです。
文字の場合は、(英語ということにしましょうか)、単語を知っている
かどうかで、かなり人間の認識率は変動します。文字認識の場合、
外部(がもしもあったらですが)にあるデータだけでなく、内部に持っ
ているデータも「同一性」の判断に関わっていることにならないで
しょうか?
>薬効の問題も、バラの色の例も、私が考え出したわけじゃないんで...。
>箱の中身が一緒になるっていう例を出しても、誰も相手にしてくれないし(笑)。
>あれもよくなかったですかねぇ...。
そういえばそうでした。コンダさんが持ち出したんでしたっけ、両方とも。
薬効なんか、その「存在」に、社会適性度が余りに深く関与しているので、
とても話にならないし、色の話も、ラプラミズさんの力の入った議論からわかる
ように、ちょっと「唯物論」の保証にはなりそうにもないですよね。
#すいません、「はこの中身」の話ってどんな話でしたっけ?
とにかく、
「物体が存在する場合、私の観測とは独立に存在する(した)はずだ」
という命題を守るのは、ラプラミズさんやミリア639さんが指摘されているように、
困難な試みなのです。この命題を守ろうとするものは、それらの困難が
否定しがたいものであることを受け入れたうえで、議論すべきであると
僕は思っています。
#再三いっていますが、僕は、基本的には守りたいと思っています。
>その例はずいぶん前に私が持ち出したように思いますけど...。
>うん、確かに、
あ、失礼しました。そういえば、そうでした。ちゃんと読んでないのが
ばれちゃいますね。
>有名な思考実験なんですか...。出典はなんでしょう?
アメリカの哲学者だったような気が。だれだったかなあ.....。
>>#そんな暇なやつはいない、っていえば、デカルトの議論と同じになるかな。
>ここで議論してるような暇人ならわかりませんよ(笑)。
そうですね(笑)。お互い脳みそを摘出されないように気をつけましょう。
ミリア639@クァドラン・ローです。
>ロボットに「部屋の中に何があるのか」を判断させるだけでも、も
>う大変です。物理をロボットに教えたってだめですよ(笑)。
難しいのは
ロボットに自分を認識させること
2度目に出会ったものが同じだと認識させること
ですね。「同じに見えるから同じだ」というのは通用しませんから...
で、たぶん、なんらかの「仮定的な理論」をロボットに前もって
埋め込むことになります。それが、言語というか、存在論とか
いうものですよね。
>何が存在するのか、という問いに、「物理の教科書」を見ろなんてい
>うのは、それこそなんの役にも立たない非実用的な「解答」です。
>まじめな工学者が聞いたら怒るかもしれない。
記号処理的なアプローチは、物理の教科書に似ていたけど、今のア
プローチはずいぶん違う見たいですね。
>薬効なんか、その「存在」に、社会適性度が余りに深く関与しているので、
>とても話にならないし、色の話も、ラプラミズさんの力の入った議論からわかる
>ように、ちょっと「唯物論」の保証にはなりそうにもないですよね。
そうね。カッケの特効薬が社会的に認知されるには随分かかったようです。
ビタミンなんて一条さんからみれば、これほど自明な存在物はないという
なものなんでしょうけど...
---
ミリア639@クァドラン・ロー
エミリア・ジーナス
> このことは、光のスペクトルが物理的に同じであっても、
>認識に依存せずには知覚される色が議論できないないことを
>示しています。このことは認識や識別に依存しない色彩属性という
>客観的実在だけを考えていたのでは説明できません。つまり、
>この事例は色彩の共通認識というものが唯物論だけでは
>うまく説明できないということの強力な根拠なのです。
確かに色彩は人間の認識を抜きに論じることはできませんが、唯物論は認識
が、対象物と感覚器と脳の連携によって得られるものであることを認めてい
ると思いますから、そういう議論も唯物論の範疇でできますよね。
さらにいえば、色覚細胞の構造や脳の機能を物として調べることで、なぜ分
光計による光の分類と、色による光の分類に食い違う部分もあるのかを定量
的に説明することだってできるわけです。人間の認識をいくら観念的に議論
しても、そこまでうまく説明できないんじゃありませんか?
このように、脳までふくめた感覚器官のフィルタ作用で片づけられるものを
議論しても、唯物論の立場を揺るがすことにはならないと思います。
エミリア・ジーナス
>像 a1,a2 があるとき
>a1=a2 …… (1) だったとしよう
>そのときその説明のために共通の実在 x を想定して
>x=a1 かつ x=a2 …… (2)
>故に a1=a2 …… (3)
>これで説明できたと言う訳ですね.
私が言ったことは、そういうことになるんですか?違うと思うんだけどなぁ...。
同じことを繰り返すのも芸がないので、ロイさんをまねて、私なりに私の
言ったことを表現させてもらいます。
いま、二人の人がα、β、γ、、、という複数の対象にたいして、それ
ぞれ a1,b1,c1...とa2,b2,c2...という像を得たとします。a1とa2を直接比較
することはできませんが、同じ添え字をもつ像は同じ人がみた像ですから
比較可能で、このとき、a1=b1=c1=...かつa2=b2=c2=....が成立したとすれば、
これをもってa1=a2とみなしてるだけじゃないか、というのが一点。
そのとき、S={α、β、γ、、}の要素は x という共通した属性を持ち、
a1,a2という像を作り出したのは、ほんとはxなのだと想定するのが唯物論的
考え方でしょう。では、Sに含まれない対象ωがあり、これがa1という像を
引き起こしたとき、ωは同じくa2という像を引き起こすでしょうか?唯物論
に従えば、a1を引き起こすのはxという属性であるから、ωはxという属性を
持つことになり、したがって、自然にa2も引き起こすということになるわけ
です。さもなければ、ωはSの要素ではありませんから、ωの引き起こす像
がa2であるという保証はありません。もちろん、a2にならないという理由も
ありませんけどね....。ωがa2以外の像を引き起こすこともあるわけですが、
そのときはa1=a2ではないのだとみなし、xという属性は存在しなかったと修
正するか、あるいは、xは存在するが、x以外にもa1という像を引き起こすω
の属性yが存在し、それはa2を引き起こさないと考えることも可能でしょう。
で、この問題を、人間の認識の相似性に押し付けるとすればどうなるかとい
うと、どのような対象に対しても、人間の認識は同じに現れるじはずだから、
同じものが引き起こす像は同じものとなり、a1=a2は自明ということになる
わけで、こっちのほうが自然じゃないかという気もしないでもありません。
しかし、a1=a2を大前提として出発するのには抵抗があるということです。
実際、色盲の例にみられるように人の認識には個人差があって、a1=a2には
なってないケースがたくさんありますよね。
>1.他我問題
> 例えば,どうしてあなたが「赤く見える」のをあなたではない私が「あな
> たには赤く見えている」と分かるのか.
これについて随分論じてきたつもりなんですが....。a1=a2と思えるのはなぜか
という問題と本質的に同じなんじゃないですか?
>2.先行存在の意味制作不可能性
> 我々の経験に先立つ存在とは何か,それに意味を見い出せるか.
「意味」ってのがどういういう意味かはかりかねますが、いまだ認識され
ない「存在」をもとめて、認識の視野を広げようと努力する糧くらいには
なるかもしれませんね。
>3.脳の問題
> 脳と「意識」との関係.因果関係では説明できないだろうと言う主張.
脳の持つ生物学的機能から「意識」が生まれるという因果関係が成り立たない
ということでしょうか?だとすると、眉唾な感じがしますね。それだと、精神
病は薬ではなおらんということになっちゃいそうですね。
要点だけかいつまんで
> これじゃ、いつまでたっても話が噛みあわなかったわけですね。
> 結局は言葉の定義に帰着しちゃうんですね...。
いいえ。定義の問題だけではありません。もし言語の共有を
仮定しなかったら、一致の原因をすべて対象側に求めなければ
なりません。けれども、すでに皆様がご指摘のように、
このような対象の属性をアプリオリに仮定する根拠を示すことは
非常に困難です。
> あるカテゴリーの情報がまったく役に立たないというのと、あるカテ
> ゴリーの情報の中には役に立たないものも含まれているということの
> 違いはおわかりですよね?まあ、可視光以外のスペクトルは切り捨て
> てもいいでしょうが、それ以外の情報が色彩の区別に役立たないとは
> 言い切れないと思いますよ。
それじゃあ、こう説明すればわかって頂けますか。光の波長は
本当は連続にあるけれど、今簡単のためこれを離散化して、
可視光域で100種類の波長モードがあったとしましょう。
各モードの光の強さがあるわかですから、スペクトルの関数形の
自由度は100次元あるわけです。一方、人間の視覚はすでに
何度も説明したように 3次元 の色彩データしかありません。
そこで、適当な変数変換をスペクトルのデータに施して、
3個の変数が人間の色座標に対応する変数に、残りの97個の
変数は人間が区別できない自由度の変数になるようにします。
(こういう変数変換は、数学的には必ず可能です)
このとき、これら97個の変数は、「薔薇農園のおじさんの
電話番号」と何らかわりがないのではありませんか。
> 全然違いますよ。(笑)
> 疑似科学は科学じゃありませんからねぇ...。
> 独我論は観念論の一派じゃないんですか?
すくなくとも、あなたやミンメイ様の考えていらっしゃるような独我論は、
「疑似観念論」のようなものです。本当の観念論者が混同された記事を
読んだら、気を悪くされると思います。
#ところで、私は観念論者ではありません。皆に唯名論者だと
いわれることが多いですが、本人はそんなんこと意識していません。
> 脳の構造が要因であるということだけでも十分ですよ。そもそも、
> 社会や環境というのも、人間の内在的な因子じゃありませんしね。
「唯脳論の公理(笑)」をこんなところで披露されてもお門違いです。
> とうぜん、治験中には認識できない設定になってますが、治験後
> はどうでもいい設定になってます。
だから、認識したら「認識なしに薬効が存在する」なんて
言えなくなるでしょ。よく読んで下さい。
> それは問題じゃないでしょう。「病気の回復」が患者に認識できる
> かどうかは自明ではありません。じっさい、認識できないような
> 回復の仕方はありますから...。
回復が認識できなければ、なおさら薬効の存在を議論できなく
なるわけです。何か全然理解していらっしゃらないようですね。
> 問題なのは、治験中の患者の意識が治験結果に対する認識の際に影
> 響するかどうかという一点でしょう。
これはプラシーボ効果の問題であって、薬効存在の問題とは無関係です。
この影響を取り除くために、わざわざ二重盲検法を用いているのです。
> 観念論でも影響しないという
> 前提であるのならロイさんの例は意味を失うということにすぎませ
> ん。
やっぱり、「観念論」の意味を全く理解していらっしゃらない
ようです。ロイ様のパターンの繰り返しではありませんか。
> 解釈というよりは認識と呼ぶべきだったですかね...。治験記録に対
> する認識が一致するから、それが取り決めに合致してると判定できる
> わけです。
論理の順序が逆では?
> そうやっても説明できることはすでに申しております。
「光のスペクトルが共通ならば色座標が共通」なのは言えますが、
逆は言えません。したがって、同じ色に見える二種類の光が
同じ物理的スペクトルを有しているとは限りません。
> 認識のメカニズムを論じる際には、唯物論者でも無視しないと思います。
捨てた情報に関する自由度で記述できる対象の存在までいつまでも
根拠なくアプリオリに仮定している点を指摘しているのです。
> でも、対象が違うわけですから、一致するかどうかは分らないんじゃ
> ありませんか?もとの図と同じというのは、あくまでもある人の認識
> 上で一致するということですから、それが他の人の認識で一致するか
> どうかはわかりません。たとえば、線の太さが違うとか、ごみがちょ
> っとついているとか、少しでも違うところはあっていいわけです。
それなら、意味のわからない曖昧漠然とした抽象画を被験者
一人ずつに見せて、どんな絵を見たを後で別な部屋で
ラフ・スケッチをさせたら、被験者の間でどのくらい一致すると
思いますか?
これは、実際に心理学で多くの実験がありますので、教科書
なんかにも載っていると思います。
---
ラプラミズ
ラプラミズです。数学的に表記するのは、問題をはっきりさせる上で
便利な場合があります。
> いま、二人の人がα、β、γ、、、という複数の対象にたいして、それ
> ぞれ a1,b1,c1...とa2,b2,c2...という像を得たとします。a1とa2を直接比較
> することはできませんが、同じ添え字をもつ像は同じ人がみた像ですから
> 比較可能で、このとき、a1=b1=c1=...かつa2=b2=c2=....が成立したとすれば、
> これをもってa1=a2とみなしてるだけじゃないか、というのが一点。
この議論は、= の意味について、大きな問題があります。
「言語が共通」とは集合論的に書くとどういうことなのか、以下に書きます。
(下添字が見えやすいように、行間を適宜あけました)
言語1による同値関係を =_1 で、言語2による同値関係を =_2 で表します。
それぞれの同値関係による同値類(但し、代表元を x で表す)
C_1 (x) = { y | y =_1 x} および C_2 (x) = { y | y =_2 x} を
定義したとき、任意の代表元 x について C_1 (x) = C_2 (x) が
成り立つとき、言語1と言語2は同じであるといいます。
#この定義では、「対象」も「像」も仮定する必要はありません。
> そのとき、S={α、β、γ、、}の要素は x という共通した属性を持ち、
> a1,a2という像を作り出したのは、ほんとはxなのだと想定するのが唯物論的
> 考え方でしょう。
それはおかしいと思います。ブリタイ様の上の書き方で、それぞれの人が
判断する「像」の同値関係(ブリタイ様は人1と人2の = 記号を区別して
いらっしゃらないようですが)による同値類が二人で共通しているとは
限りません。したがって、上の集合 S は well defined ではありません。
同値類を共通だと仮定することが、すなわち「言語の共有」を仮定すること
ではないでしょうか。
> では、Sに含まれない対象ωがあり、これがa1という像を
> 引き起こしたとき、ωは同じくa2という像を引き起こすでしょうか?唯物論
> に従えば、a1を引き起こすのはxという属性であるから、ωはxという属性を
> 持つことになり、したがって、自然にa2も引き起こすということになるわけ
> です。さもなければ、ωはSの要素ではありませんから、ωの引き起こす像
> がa2であるという保証はありません。
これも、=_1 と =_2 を混同していることから出てくるトートロジーです。
=_1 と =_2 の等価性をどうしてアプリオリに仮定できるのですか?
ちょっと議論をしていて虚しくなってくるのは、このあたりの ブリタイ様の
トートロジー的発想が、あれだけ複数の人にあれこれ指摘されても、全然
進歩する兆しを見せないことです。
> 脳の持つ生物学的機能から「意識」が生まれるという因果関係が成り立たない
> ということでしょうか?だとすると、眉唾な感じがしますね。
どこが眉唾なんですか? 因果関係で説明できると考えるほうが、
よほど怪しげな議論に思えます。
なお、こういう心身問題については、例えば野家啓一「言語行為の現象学」
(勁草書房)の第I部などに、関連する重要な問題が論ぜられていますので、
一度ご覧になってはいかがでしょうか。
---
ラプラミズ
ブリタイ
>> こういう曖昧な書き方にどう対処すべきか、途方にくれてしまいます。(笑)
>> お説教のおつもりですか?
>一致しない理由に、今回の議論のキーポイントが隠れていると
>いうことです。もし、どんな知覚特性で測っても「異同」の判断が
>変わらないのであれば、おっしゃるような色彩属性のアプリオリな
>存在が議論できますが、実際はそうではないわけです。ですから、
>その原因をよく考えれば、対象の属性の予めの存在を仮定することに
>なぜ無理があるかが理解できるのでは、という提案です。
最初っから、そう書いていただければよかったのに...。
色に関していえば、色彩属性として捕らえるならば、「スペクトル情報」
(他にもあるかもしれないけど)を用いるべきで、それに関しては「異同」
の判断は変わらないものと思っています。便宜上、色の一致を例にあげて
きてはおりますが、色そのものがアプリオリな実在だとは思ってません。
>これはすでにフォッカー様やマックス様もおっしゃっていたのですが、
>哲学の場で存在論や認識論を議論するためには、少くとも
>歴史的コンテクストや用語の意味に関して最低限の合意は必要です。
それを言われると不勉強者としては辛いですね。できるだけ合意を
とれるような生産的なやりかたで議論が進めていただけると嬉しい
のですが...。
>それを守らず一人よがりな用語の使用をされると、議論が
>混乱するので、そういうのは避けて欲しい、というお願いです。
>少くとも、「観念論」という語の正確な意味を知っから
>使っていただきたいと。
用語の混乱をさけるためには、ズバリどこがどう違うのかを指摘していた
だいたらいいと思うんですが、そうでないとこをみると、「観念論」の
正確な意味をつかむためにはそうとう大変な勉強が必要みたいですね。
この言葉は持ちださないほうがよさそうです...。
>視覚特性の仕組みまで唯物論的に説明したとしても、「なぜ
>二人の人が薔薇を見たとき、その色が同じであると認識を
>共有できるのか」という問いを唯物論的に説明したとする
>根拠にはなりえない、ということです。このことは、
>ブリタイ様が出された「二人の人が箱をのぞき込む」例にも
>ほとんどそのまま適用できます。
脳の認識のメカニズムまで説明できないと駄目だっていうこと
なら、確かに説明できてませんね。単に、いまだにできない
だけなのか、原理的に不可能なのかは知りませんが...。まだ
できないだけで、将来的には可能だと思いたいものです。
ブリタイ
>そこで、適当な変数変換をスペクトルのデータに施して、
>3個の変数が人間の色座標に対応する変数に、残りの97個の
>変数は人間が区別できない自由度の変数になるようにします。
>(こういう変数変換は、数学的には必ず可能です)
>このとき、これら97個の変数は、「薔薇農園のおじさんの
>電話番号」と何らかわりがないのではありませんか。
そういうふうに情報のカテゴリーを選ぶことがほんとに可能で
あればね。その場合には、色彩属性としては、その情報だけを
えらべばよいだけのことです。しかしながら、人によって色覚
の関数形は違うわけですから、可視域に限定しちゃうと、だれ
にとっても意味のあるようなスペクトル情報だけを選び出すこ
とがほんとに可能かどうかは疑わしいと思うわけです。
>「疑似観念論」のようなものです。本当の観念論者が混同された記事を
>読んだら、気を悪くされると思います。
のようなもの、ですか?なんだかはっきりしませんね。(笑)
観念論の範疇には入らないというのであれば、そうおっしゃればいいと
思うんですが、そう言い切ることはできないんでしょうか?
なんだか判然としませんね...。なんにせよ、間違ってたらごめんなさい。
>「唯脳論の公理(笑)」をこんなところで披露されてもお門違いです。
お門違いといわれてもねぇ...。なにがどうお門違いなんだか途方にくれ
ちゃいます...。もってまわった言い方はほんとにやめて欲しいなあ...。
>これはプラシーボ効果の問題であって、薬効存在の問題とは無関係です。
ミンメイさんはそう思ってなかったから、二重盲験法の話など持ちだされたと
思うんですけどね...。そこを指摘しただけなんですが、どうにも理解して
いただけなかったようで残念です。
>「光のスペクトルが共通ならば色座標が共通」なのは言えますが、
>逆は言えません。したがって、同じ色に見える二種類の光が
>同じ物理的スペクトルを有しているとは限りません。
いったいどういう脈絡で急にそんな当たり前のことを?
>捨てた情報に関する自由度で記述できる対象の存在までいつまでも
>根拠なくアプリオリに仮定している点を指摘しているのです。
具体的にはどういう事例を指しておられるのでしょうか?
>それなら、意味のわからない曖昧漠然とした抽象画を被験者
>一人ずつに見せて、どんな絵を見たを後で別な部屋で
>ラフ・スケッチをさせたら、被験者の間でどのくらい一致すると
>思いますか?
単に人間の記憶力が悪いだけのことでしょう。そういうことは
観念論では考慮しないんですか?
まあ、そんな例を持ちださなくとも、認識が一致しない例が無数に
あることは認めます。要は、認識が一致するものもまたたくさん
あるということです。
モルク・ラプラミズ
> そういうふうに情報のカテゴリーを選ぶことがほんとに可能で
> あればね。その場合には、色彩属性としては、その情報だけを
> えらべばよいだけのことです。しかしながら、人によって色覚
> の関数形は違うわけですから、可視域に限定しちゃうと、だれ
> にとっても意味のあるようなスペクトル情報だけを選び出すこ
> とがほんとに可能かどうかは疑わしいと思うわけです。
ええと、多少の個人差はあるけれど、一応は人類全体に共通と
いう前提で説明したと思います。写像が異なるのは、動物種が
異なるときであり、だからこそ人間が知覚する対象の色彩属性は
対象と人間の知覚特性の癖との関係でしか説明できず、
対象そのものの属性とは考えられないわけです。
一方、「言語の色カテゴリー」のほうの話は、ここでいう
「動物種」が「民族」に置き換わった議論になるわけです。
> >捨てた情報に関する自由度で記述できる対象の存在までいつまでも
> >根拠なくアプリオリに仮定している点を指摘しているのです。
> 具体的にはどういう事例を指しておられるのでしょうか?
マクロな記述をしているのに、個々の粒子の運動の自由度の情報が
どこかに残っているはずだという確信を根拠に何かを主張したり。
それをやってしまうと、頭の中ではミクロな猫像を残しているのと
同じことになってしまいます。
情報科学では、あるデータが検索できるかとうかが非常に重要な
問題となることがあります。「どこかにある」ということと、
「有限手続きで読み出せる」ということは、時に全く異なる
結論を生み出すことがあります。類似の理由で、どのくらいの
手間数で読み出せるかが、大きな問題となることがあります。
#ボルヘスの「バベルの図書館」は、これをパロッたSF(LF?)
として有名です。
物理系でも、無限自由度の系などでは、同様の問題が起こってきます。
だから、「宇宙全体」に安易に熱力学第二法則を当てはめたりするのは
ちょっと問題になるわけです。
> 単に人間の記憶力が悪いだけのことでしょう。
それがそうとは言い切れないのです。心理学の教科書を見て下さい。
---
ラプラミズ
記事が前後したようですね。
> このように、脳までふくめた感覚器官のフィルタ作用で片づけられるものを
> 議論しても、唯物論の立場を揺るがすことにはならないと思います。
やはり、その通りではないかと思います。
ただ、ラプラミズさんの議論の意図は、唯物論の立場を揺るがすことではなくて、
深く考えない方が唯物論者であると自称している場合に、見落としがちな
知覚や認識についての問題点を指摘しているのでしょう。
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リン・カイフン
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藻前等は国家予算を使っていったい何をやっていたのかと小一時間(w
RinRin王国 #20080828
Orbium -そらのたま- 「マゼンタは色じゃない」は誤りです。
でまあ、色がゴニョゴニョ言ってるわけですよ。
とゆうことで、1997年のイソターネットより
■ゼンントラーディ軍編 光の三原色
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はじめまして。光の三原色と波長について疑問があるので質問させてください。
光の三原色である赤・青・緑の3色をあわせると白色になると教わりました。またプリ
ズムを使うと各波長に分離する事が出来ます。赤と青で紫(マゼンダ)になります。
ここで疑問が生じるのですが、青と赤から得られたこの紫をプリズムに通すとどうなる
のでしょうか。赤と青が得られるのでしょうか。可視光の短波長側に紫がありますが、
これとは異なる紫なのでしょうか。
つまり、三原色のうちの2つを合成して得られる、シアン(青+緑)、マゼンダ(青+赤
)、黄(赤+緑)は、自然光をプリズムを通したときに得られる、それらの色と異なる
かとう事です。
よろしくお願いいたします。
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一条輝
三原色っていうのは、人間の目の視神経が、可視光線を見たときに、三つの波
長帯に対してそれぞれ感じるってだけで、物理的な話とは違うわけです。
で、カラーテレビでも、カラーのコンピュータディスプレイでも、写真でも、
この人間の視覚の特性にあわせて、色を三原色に分離しているわけで、どこぞ
の宇宙人が写真とかカラーテレビの画面とかを見たら、色が妙な感じに見える
ことでしょう。
ロイ・フォッカー
マックスです。
昔話題になったときにまとめておいた記事が参考になるかもしれません。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
以下は1994年8月にゼントラーディ軍で私の質問をきっかけに議論された色の
認識に関する話題の抜粋です。議論に参加して下さった皆様、特に詳しく解説
していただいた専門の方々(ミリアさん、ワレラさん、ロリーさん、コンダさん)に、
お礼申し上げます。
本当は内容をきちんと整理してFAQリストに残せるような形にまとめておく
べきなのですが、その任は専門の方にお願いしたいと思います。
後半はよく理解できていないのですが、さしあたり最初に問を発した者として、
こんな形でまとめて締めくくっておきます。
|私の読んだ文献(*)によると、ある言語に基本となる色彩の名前がいくつか
|ある場合、
|2色 白、黒
|3色 白、黒、赤
|4色 白、黒、赤 および 黄、青、緑 のうち1色
(省略)
|というような規則があるそうです。ちなみに、英語の場合は Max の11個だそ
|うです。
|その理由について、人間の目と脳の神経細胞の特徴と、ファジー集合理論によっ
|て説明づけている研究もあるそうです。
|*) 参考文献: 「認知意味論」ジョージ・レイコフ著、池上他訳
色彩学(?)などで「三原色」の組み合わせでどんな色でも出せるなんて理論
を習った気がするんですが、色の物理的な意味は電磁波のスペクトルですから、
有限の要素からあらゆるスペクトルを導きだすことはできないはずですよね。
きっと目の構造や認識のメカニズムと関係しているんでしょうね。
--
マックス
人間の視覚に関っている網膜の色素細胞は3種類で、それぞれが異なる吸収
極大を持っています。ですから、三原色という要素が、つまり基底ベクトル
の組が存在することになるのです。 もちろんそれらが張るベクトルは無限
に存在します。感覚の量子化みたいなことはあるでしょうから、区別できる
色の数は限られるでしょうけど。
ミリア
ワレラ@ゼントラーディ軍と申します。
加法混色法や減法混色法などという、たかだか数個の色を混ぜ合わせることで、
多くの色をつくり出す方法がありますが、これらの方法では、どうしたって、
人間の知覚できる自然界の全ての色を出すことはできないそうですね。(いち
おう3つぐらいの色があれば、自然界の大部分の色をつくり出せるそうです。
テレビの信号伝送などに使われている NTSC という規格では、ある決まった
赤、緑、青の3色を使っているようです。
日本色彩学会編の「色彩ハンドブック」の巻頭には実際の色をコンピュータディ
スプレイで表示した色度図の写真が出ているのですが、ディスプレイ自体が
赤緑青の加法混色法で表示していて、表示できる色の範囲が限定されているた
め、できるだけ正確に色を出すのに、大変な苦労をしたと、このハンドブック
の編集委員会にいらっしゃった方にうかがった覚えがあります。
ところで、不思議なのは、同じ色として知覚できるのに、スペクトルが全く異
なる色信号が存在するという事実です。人間の視知覚細胞は3種類あるそうで
すが、ニューロンでこれら細胞から出る信号を足したり引いたり非線形変換し
たりすると、それぞれの種類の細胞の発火強度が異なる信号どうしでも、同じ
色として知覚できるということが、なんとなく分かるような気がするのですが、
実際のところはどうなんでしょう。
--
ワレラ
ロリーです。
# 私の専門はいちおー「色彩工学」だ、という事を知っている人は
# 少ない ^^;
>加法混色法や減法混色法などという、たかだか数個の色を混ぜ合わせることで、
最低3種の色が必要です。一般には RGB や CYM が使われますが、原理
的には独立であればどんな組み合わせでも構いません。独立というのは、
3つのうち2つを組み合わせても、残りの1つに等色できないという事
です。
> 多くの色をつくり出す方法がありますが、これらの方法では、どうしたって、
> 人間の知覚できる自然界の全ての色を出すことはできないそうですね。
極めて彩度が高い色などの場合、そのまま足し合わせても等しい色を作
ることはできませんが、負の項の存在を認めるとすれば、どのような色
でも作ることができます。
つまり、例えば RGB の光を組み合わせても、500nm の色光 (あざやかな
シアン色) は作れませんが、目標色のシアンに赤の光を加えて彩度を落
とせば、残りの GB 色光によって等色できます。つまり
C(500) + R(r) = G(g) + B(b)
C(500) = -R(r) + G(g) + B(b)
となる訳です。 (ずるい?)
>ところで、不思議なのは、同じ色として知覚できるのに、スペクトルが全く異
>なる色信号が存在するという事実です。
ご存知の通り人間の視知覚細胞は3種類で、それぞれの細胞はスペクトル
感度特性が異なっています。これを近似したものが「等色関数」と呼ばれ
それぞれ x(λ),y(λ),z(λ) としましょう。
_
# 本当は x(λ) のように上線が付きます。
物体色 (光が物を反射してできる色) の場合ですと、反射光のスペクトル
は、光源の分光分布 S(λ) と物体の分光反射率分布 ρ(λ) の積で表わ
されます。この色光によって人間が感じる刺激 (色刺激値)
X = K ∫ S(λ)ρ(λ)x(λ) dλ
Y = K ∫ S(λ)ρ(λ)y(λ) dλ
Z = K ∫ S(λ)ρ(λ)z(λ) dλ
のようになります。積分範囲は可視光の範囲である 380nm〜780nm です。
このようになりますので、当然 S(λ)ρ(λ) が異なっていても、同様の
刺激値を与える場合は、無数にあります。当然このような場合でも、照明
光源のエネルギー分布が変われば、別の色として知覚されます。
# 参考文献:
# 「色彩工学の基礎」池田光男著:朝倉書店
# 「産業色彩学」納谷嘉信:朝倉書店
ロリー
中学校の図画で三原色の円の重ね合わせの図は、こういうことですか。
ポイントは、
|>ところで不思議なのは、同じ色として知覚できるのに、スペクトルが全く異
|> なる色信号が存在するという事実です。
(略)
|このようになりますので、当然 S(λ)ρ(λ) が異なっていても、同様の
|刺激値を与える場合は、無数にあります。当然このような場合でも、照明
|光源のエネルギー分布が変われば、別の色として知覚されます。
すべてのスペクトルは出せなくても、人間の知覚にとってあらゆる刺激は作り
出せる、ということですね。
--
マックス
ミリアです。ちょっと補足。
> > 人間の知覚できる自然界の全ての色を出すことはできないそうですね。
> 極めて彩度が高い色などの場合、そのまま足し合わせても等しい色を作
> ることはできませんが、
ちょっと不正確な表現でした。色に関する文献などを見ると、図
に示すような扇型みたいな形の図を目にすると思います。これは
「スペクトル軌跡」といって、スペクトル色光の軌跡を現してい
ます。数字はスペクトルの波長を表し、この内部が色として知覚
できるのですが、
y
| 520
| ....
| 500 .. ... 540
| . ...
| . G ..
| . ..
| . .. 600
|480 . R ..
| . B ...... 650
| . .......
|380 ........
+------------------------------ x
x = X / (X + Y + Z)
y = Y / (X + Y + Z
ここで、RGB を例えばディスプレイのそれぞれの色を完全発光させ
た場合の色度座標を表すとすると、当然これらの混色によって表す
ことのできる色は、RGB によって作られる3角形の内側ということ
になります。
> この色光によって人間が感じる刺激 (色刺激値) は
> X = K ∫ S(λ)ρ(λ)x(λ) dλ
ここで K は基準化の係数で、
_
K = 100 / ∫ S(λ)y(λ) dλ
として示されます。分光反射率 ρ(λ) = 1.0、波長に関係なく一定の
場合に Y = 100 となります。つまり Y が反射率に対応するように、
基準化されています。
ミリア
ミリアです。
「色」によって生じる「刺激」は先日のような積分で表すことが
できますが、に色の「見え方」を考える場合はさらに、前回示した
ような「色度図」で考えるといいと思います。
対象となる色の色度座標が、図の中の だったとすると、まず
白色点 (基準となる光の色) から s を通ってスペクトル軌跡に
交わる直線を引きます。
y
| 520
| ....
| 500 .. s'|... 540
| . | ...
| . | ..
| . s ..
| . | .. 600
|480 . w ..
| . ...... 650
| . .......
|380 ........
+------------------------------ x
スペクトル軌跡との交点 s' をその色の「主波長」といい、どの
ような色か (色相) を表し、直線 s'w と sw の長さの比を「刺激
純度」といって、その色の強さ (色み) を表します。
この場合ですと、520nm 付近で交わっており、割と白色点に近い
ので、この色は薄い緑色であることが分かるという訳です。
照明光の色が変わった場合も、基準白色がその照明光の色の方向
に修正されるんだと思いますが…「順応 (adaption)」などの問題
もあるので、単純には言えないかもしれません。
このような「色の見え」を考えるために、color apperance model
と呼ばれるモデルが何種類か提唱されています。Hunt や納谷先生
のものが有名ですが、まだ決定打には至らないように思えます。
# ごめんなさい、このあたりは勉強不足なんです --;
ミリア
ワレラ@ゼントラーディです。
>>加法混色法や減法混色法などという、たかだか数個の色を混ぜ合わせることで、
>最低3種の色が必要です。一般には RGB や CYM が使われますが、原理
>的には独立であればどんな組み合わせでも構いません。独立というのは、
>3つのうち2つを組み合わせても、残りの1つに等色できないという事
>です。
なるほど。「最低3種の色が必要」というのは、人間の視細胞が3種類あるこ
とからきているんでしょうね。(視細胞がn種類の生物だと、n色でその生物
が知覚できる全ての色が現せるわけですね。)
>極めて彩度が高い色などの場合、そのまま足し合わせても等しい色を作
>ることはできませんが、負の項の存在を認めるとすれば、どのような色
>でも作ることができます。
>つまり、例えば RGB の光を組み合わせても、500nm の色光 (あざやかな
>シアン色) は作れませんが、目標色のシアンに赤の光を加えて彩度を落
>とせば、残りの GB 色光によって等色できます。つまり
> C(500) + R(r) = G(g) + B(b)
> C(500) = -R(r) + G(g) + B(b)
>となる訳です。 (ずるい?)
ところで、これの意味することは、R(r), G(g), B(b) を使うだけでは、実際
には極めて彩度の高い色 C(500) は作れないけれども、R(r) を C(500) と混
色して彩度を落した色だったら作れるということですね。(いかん。コンダさん
の文章とほとんど同じになってしまった。)
色が負になることを認めれば、人間の知覚できるあらゆる色を R(r), G(g),
B(b) という数字?で表現できるわけですね。
# それにしても負の色ってなんだろう。実在するんでしょうか?
>ご存知の通り人間の視知覚細胞は3種類で、それぞれの細胞はスペクトル
>感度特性が異なっています。これを近似したものが「等色関数」と呼ばれ
>それぞれ x(λ),y(λ),z(λ) としましょう。
(中略)
>このようになりますので、当然 S(λ)ρ(λ) が異なっていても、同様の
>刺激値を与える場合は、無数にあります。当然このような場合でも、照明
>光源のエネルギー分布が変われば、別の色として知覚されます。
なるほど、さすがに専門家ですねぇ。非常に良く分かりました。ありがとうご
ざいました。
ところで、x(λ),y(λ),z(λ) ですが、これは、視細胞自身の感度特性ですか。
だとすると、X,Y,Z は、分光分布 S(λ)の光源で、分光反射率分布ρ(λ)の物
体を見た時の、視細胞が出す出力ということになるわけですね。
--
ワレラ
ロリーです。
> ところで、x(λ),y(λ),z(λ) ですが、これは視細胞自身の感度特性ですか。
えーと、等色実験などの結果をもとにして CIE (国際照明委員会) が
「標準観測者」として規定したものです。細胞の感度特性そのもので
はありませんが、深い関係があるものです。
詳しくいうと、この等色関数には2度視野のものと10度視野のもの
があります。これは眼球内の細胞の分布が、視野の中心付近 (中心窪
と呼ばれる部分) とそれ以外の部分で異なっているためです。
また、本当は人によって若干の違いがあるそうです。
> だとすると、X,Y,Z は、分光分布 S(λ)の光源で分光反射率分布ρ(λ)の物
> 体を見た時の、視細胞が出す出力ということになるわけですね。
ちなみに、透過光の色を考える場合は当然ですが、分光反射率分布の
かわりに分光透過率というものを用います。またこの場合、正規化の
ための係数 K は必要なくなります。
>なるほど。「最低3種の色が必要」というのは、人間の視細胞が3種類あるこ
>とからきているんでしょうね。(視細胞がn種類の生物だと、n色でその生物
>が知覚できる全ての色が現せるわけですね。)
色を識別する細胞ってのは2種類(赤緑と青黄)だと思いますが。もう1種類
は明るさを識別する細胞で…
#で、赤緑色盲はいるけど青黄色盲は見つかっていないって。謎だ!
--
プ、プロトカルチャー
ブリタイ
>> 色を識別する細胞ってのは2種類(赤緑と青黄)だと思いますが。もう
>> 1種類は明るさを識別する細胞で…
あれ、
手元にあるのは岩波新書の「色彩の科学」ですが、
視細胞にはかん体と錐体があって、かん体は明るさを、錐体が色を
感じる。昼間は主に錐体が働き、夜(暗いところ)ではかん体が働く。
で錐体には R G B あるように書かれてますが...
赤と緑,青と黄色,明るさ,を識別しているのは大脳の視覚中枢における感
覚特殊性細胞のことですね.網膜の錐体細胞は,フォッカーさんの言われる通り,ヘ
ルムホルツ三原色の赤,緑,青 (RGB) を感じとっています.
--
>赤と緑,青と黄色,明るさ,を識別しているのは大脳の視覚中枢における感
>覚特殊性細胞のことですね.網膜の錐体細胞は,ボーグナインさんの言われる通り,
>ヘルムホルツ三原色の赤,緑,青 (RGB) を感じとっています.
なるほど、私は目が悪いだと思っていたんですが、頭が悪かったんですね…
認識をかえます。
--
柿崎
ミンメイ@娘々邸です。学部時代は網膜視細胞をいじっていたのですが、
その後は色からは離れています。
網膜の視細胞はロドプシンを含む杆体(rod)とフォッカーさんらが書いておられる
色覚を司る錐体に分けられます。ヒトを含む
霊長類では基本的に3種類の錐体がそれぞれ一つずつの色素タンパクを持って
います。多分1985年だったと思うのですが、Nathans(息子の方)が錐体の色素
タンパクの遺伝子の論文をNatureに載せてから、視細胞レベルでの研究が飛躍的
に進んだ記憶があります。ちなみに視細胞レベルでは、鳥類だと色覚タンパクが
3つより多かったような気がしますし(不確か)、カメなどでは色の付いた油滴
がフィルターの働きをしているなどという面白い話があります。
以下は主に霊長類を念頭に置いた中枢の話です。
網膜内でも視細胞から一歩進むと既に赤-緑、青-黄の反対色の反応特性を持った
細胞が出てきますし、神経節細胞では受容野の中心部と周辺部で反対色に応じた
りします。外側膝状体は運動視に深く関わる大細胞系と形態視(色を含む)に
深く関わる小細胞系に分かれ、その分離は大脳皮質の第一次視覚野に入ってから
もかなり保たれています。この辺は最近の視覚系の生理学の紹介などを読まれる
と必ず載っていると思います(多分Maunsellの視覚関連領野の階層的結合の図が
引用されているでしょう)。まあ、大雑把に言うと運動視は頭頂連合野の方で、
形態視は側頭連合野の方で処理されるわけです。途中V4(第4次視覚野)では
色の恒常性をモンドリアン図形で調べたZekiの仕事(Nature 1980)などが有名
です。
ちょっと古くなってしまいますが、岩波書店の「脳科学の新しい展開」(伊藤
正男・酒田英夫編)の早瀬先生のレビューにこの辺のことは詳しく紹介されて
います。
うちの艦内の柿崎さんの論文 Color Selectivity of
Neurons in the Inferior Temporal Cortex of the Awake Macaque Monkey.
J. Neurosci. 12: 408-424, 1992.では下側頭皮質で(3原色ではなく)
色空間がどのように表現されているかが調べられています。この辺に来て
ようやく色の知覚の生理学が、心理的な色のカテゴリー化などと比べて
論じられるかな、という感じです。
ということで、生理寄りの色の話を雑駁にしてしまいました。間違い等は
どんどんご指摘下さい。
*********************************************************
ミンメイ
*********************************************************
ちなみに視細胞レベルでは、鳥類だと色覚タンパクが
3つより多かったような気がしますし(不確か)、
鳥類は4原色じゃなかったでしょうか?
--
ブリタイ
% エビには10種類以上の視細胞があるそうです。
%T.W. Cronin & N.J. Marshall, Nature 339 (1989) 137.
ロリー@素人です。
> |赤と緑,青と黄色,明るさを識別しているのは大脳の視覚中枢における感
> |覚特殊性細胞のことですね.網膜の錐体細胞はロリーさんの言われる通り,
> |ヘルムホルツ三原色の赤,緑,青 (RGB) を感じとっています.
>
>網膜の視細胞はロドプシンを含む杆体(rod)とゼリルさんらが書いておられる
>色覚を司る錐体に分けられます。ヒトを含む霊長類では基本的に3種類の
>錐体がそれぞれ一つずつの色素タンパクを持っています。
人間の知覚できる色の範囲は色立体と呼ばれる3次元図形で表せることを、昔
習った覚えがあります。したがって、光を感じる細胞が、明るさを感じとる杆
体と、赤、緑、青を感じとる錐体の4種類あるのは、冗長のような気がしたの
ですが、実は明るさによって杆体と錐体を使い分けていたのですね。つまり、
明るい時は、赤、緑、青を感じとる3種類の錐体から出る信号を使って、色立
体で表されるような3次元的な色の知覚を行ない、暗い時は、杆体から出る信
号を使って、グレイレベルで表せるような1次元的な色(?)の知覚を行なう
というわけですね。
--
ロリー
初めまして。
コンダ@マイクローンがテーマです。
今まで、色の見え方に対してこんなに議論が巻き上がっていたとは
知りませんでした。
生物屋として、網膜で何が起こっているかを説明させていただこう
と思って出てきました。専門ではありませんが、近いと言えば近い
ので。
図が書ければいいのですが、どこかで、錐体物質の差吸光スペクト
ルの図を探してください。
私の説明できるところは、錐体細胞には紫、緑、赤を特に強く感じ
る3種類の細胞群があるが、それらの吸光特性からだけではヒトの
感じる色彩については説明できないと言うところです。
理由は簡単です。網膜には神経細胞として、水平細胞、双極細胞、
アマクリン細胞などと呼ばれる機能的、形態的に異なった細胞があ
り、視細胞の興奮は、それらの細胞で修飾されたあと、視神経に伝
達されて、脳に伝えられ、そこでも、修飾を受けるからです。
例えば、508nmの波長の光がヒトの目に入射したとします。この光は、
差吸光度で言うと緑錐体で0.85、赤錐体で0.3、紫錐体で0.3だけ吸
収されます。しかし、この光は、これらの3色を混ぜた色にはなり
ません。
視細胞興奮の後、水平細胞が、これらの細胞の、シナプス(次のレ
ベルの細胞に興奮を伝達する部位)に、神経細胞突起を伸ばしてお
り、緑錐体の興奮を受けた後、赤錐体、紫錐体のシナプスにも伸ば
している突起の先端から、2つの錐体の興奮を抑制する神経伝達物
質を放出します。同じく、赤錐体の興奮を受けた別の水平細胞の緑
錐体、紫錐体シナプス部位への抑制性神経伝達物質の放出も見られ
ます。紫錐体についても同様です。しかし、その抑制性伝達物質の
放出量は、興奮の度合い(頻度)によって規定されますので、緑錐
体の興奮を消去するには至りません。その結果、視細胞の次のレベ
ルへの情報伝達内容は、「緑錐体の興奮」としてだけ伝わることに
なるのです。
これは、側抑制などと呼ばれ、ある細胞の興奮の伝達を強化する機
能と考えて良いかと思います。
この見え方は、照度、隣接する色、視細胞の順応度その他によって
かなり左右されるようです。
また、心理学の世界になると思うのですが、記憶色なんてのもあっ
て、これは赤いはずだ、なんて感じ方もあるらしいです。
この分野はまだまだ新しい理論が出て来る可能性があり、流動的だ
そうです。
------------------------------------------
コンダ
================ END OF FILE =========================
この問題には素人なので、詳しい人の解説を待ちますが、
光をあるいは色を人間がどう感じるかという問題が絡んできます。
常識的な強度では赤と青を混ぜた光はプリズムを通せば元に戻ります。
人は目の中にプリズムを持っているのではなく、
3色を感じるセンサーも持っていて、その反応から色を識別します。
従って、同じ色にみえていても、
色センサーが同じ反応をしている異なる光でありえるわけです。
ラプ・ラミズ
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何、たいしたことない?
イソターネットの真髄はメルトランディに(orz
■メルトランディ軍編 SONZAI
(説明不足の箇所を補足します)
> 治験期間中にはどちらが偽薬でどちらが薬
> なのかは、患者だけでなく、医者にも病理学者にもわからない
> ようにできるわけですから、患者だけが特別な立場に置かれてる
> わけではありません。
時間的な順序は関係ないです。例えば、加速器の実験で、
粒子の衝突が終ってから、解析結果が出るまでの間の
研究者の立場と比較してみて下さい。
記録帳を見ない場合の患者と医者が病理学者と異なるのは、
「薬効」の存在の認識に参加しないことです。記録帳を
見る場合は、病理学者と違いはありません。けれども、
後者では、患者は抗生物質の存在を認識していますから、
認識なく薬効が存在するケースにはなっていません。
> だったら、なんだというのでしょうか?意味不明です。
> いったいどういう脈絡なのかわかりません。憶えてなければ
> なんだというのでしょうか?その気になれば台数を正しく記
> 録することはできますけど?
> だから、なにを示すための例なのかはっきり言明してくださらない
> とわけがわかりません。
ご自分がなさったコメントくらい、覚えていてくださいね。
「瓶は主観がないから例として不適切だ」とおっっしゃたから、
瓶の代わりにあれらの例でどうか、と申し上げているわけです。
> それに対しては、言語を異にする人
> の間であっても、現物をみればバラの色は同じ色として認識できる
> はずだと申しております。
その、どうやって「同じ」だと判断するのですか?
根拠を示さず、「はず」なんて言われても、科学的議論でも
哲学的議論でもないのではないでしょうか。
> どこか変なこと書いてますか?もしそうなら、どこが変なのかきちん
> と示した上で批判してください。こちらが尋ねたことになんの回答も
> せず、こういう感情的な反応をいただくだけでは、どう対処していい
> ものやら困ってしまいます。そもそも「ああいう発想」ってなんです
> か?ちんぷんかんぷんです。
変な点:相手の言い分が理解できないことを、相手を罵倒することで
済ませている点
あなたが尋ねたことへの答:例えば、多義図形や得体の知れない絵を
見せて何に見えるかという心理テストを
ご存知ですよね。このように、既存の
特徴や意味の分節では割り切れないもの
に遭遇した場合には、使用言語が全く
同一でない限り、同じ特徴が指摘される
とは限りません。
「ああいう発想」:対象存在の即自性を自明だとみなし、それに
疑いをかける意見に感情的に反発する発想
---
ラプラミズ
>1 今議論していることは、浮世離れした話ではなく、人工知能の
>フレーム問題などと直結する内容を含むこと。
それはいいことですね。よくわかりませんが、実証的な展開が望めると
面白いですね。
>2 「物体が存在する場合、私の観測とは独立に存在する(した)はずだ」
>という主張をぼくも共感できること。
そのように伺ったように記憶しております。
>2で触れた命題を主張するには、エキセドルさんがあげた例は不適当では?
>薬効の存在は、ぼくにはこの命題とは無関係に思えるし、ご自身も御気付き
>でしょうが、バラの色の例は誤解を招きがちです。
薬効の問題も、バラの色の例も、私が考え出したわけじゃないんで...。
箱の中身が一緒になるっていう例を出しても、誰も相手にしてくれないし(笑)。
あれもよくなかったですかねぇ...。
>#おいらも、なんか考えてみようかな。
がんばってください。
>それから「物理学はうんタラ」っていう逃げはなしです。物理は、この手の
>ことを表向き考えなくてよいことに学問です。「物理」ではこの手のことは
>問題にならないのは、だから、当たり前です。そんなことをいうのなら、哲学
>の議論はすべきではありません。
私が積極的に物理学の話を持ち込んだわけじゃありませんので...。あえて言
えば、物理学の話は物理学の世界で閉じてるわけじゃなくて、我々の世界観
というものにまで大きな影響を及ぼしてますから、決して哲学とも無縁じゃ
ないと思うんですけどね...。
>例えば、ミンメイさんが寝ているうちに酔狂な人が、脳みそを取ってヴァーチャル
>リアリティーの機械にかけたとしましょう。
その例はずいぶん前に私が持ち出したように思いますけど...。
うん、確かに、
>>可能性がゼロではないというのは、仮に唯物論的な立場にたったとしても、
>>「自分は、脳に繋がれた電極が全ての情報を与えている仮想現実の中で暮
>>らしているだけなのかもしれない」という可能性を否定できるわけではな
>>いというようなことからです。
って、書いてますねぇ。
>#「桶(?}の中の脳」っていう有名な思考実験です。そろそろ、現実味を帯
>びてきた話ですよね。
有名な思考実験なんですか...。出典はなんでしょう?
私が、上記のような発想を目にしたのは、子供の頃、少年向けの通俗SF
からでしたけどね。もう、30年近く前の話ですが...(歳がばれそう;-)。
>#そんな暇なやつはいない、っていえば、デカルトの議論と同じになるかな。
ここで議論してるような暇人ならわかりませんよ(笑)。
> > blueとgreenは似ているので区別しない文化もあれば、区別する文化
> > もあって不思議はないと思います。
> だから、「何と何が似ていて、何と何が似ていないか」という
> 基準が言語によって異なっているのです。
青と緑を区別しない文化があることは事実です。しかし、これは文化に
よって「何と何が似ていて、何と何が似ていないか」という基準が異な
っていることの根拠にはなりません。これらの色は色相図上で隣接した
領域にあります。もし、「どの色とどの色が似ていて、どの色とどの色
が似ていないか」の基準が言語や文化によって全くバラバラなのであれ
ば、(日本語で言うところの)赤と青を区別しない言語や、黒と白を区
別しない言語があってもよい筈ですが、そのような言語は存在しません。
現実に存在する言語では、ある色とある色を区別しないとき、それは必
ず色相図上で隣接した領域にあります。
このことは、光のスペクトルがどの文化に属する人にとっても同じで
あることを示しています。このことは言語や文化に依存しない光という
客観的実在を認めなくては説明できません。つまり、この事例は光とい
実在の存在を強く支持するものであり、唯物論を支持する強力な根拠な
のです。(無論、光子も物質の一種です)
デワントン3565
> 青と緑を区別しない文化があることは事実です。しかし、これは文化に
> よって「何と何が似ていて、何と何が似ていないか」という基準が異な
> っていることの根拠にはなりません。これらの色は色相図上で隣接した
> 領域にあります。
> このことは、光のスペクトルがどの文化に属する人にとっても同じで
> あることを示しています。このことは言語や文化に依存しない光という
> 客観的実在を認めなくては説明できません。つまり、この事例は光とい
> 実在の存在を強く支持するものであり、唯物論を支持する強力な根拠な
> のです。(無論、光子も物質の一種です)
では、赤と紫がマゼンタを挟んで連続的に感じられる理由を、
光の存在のみから説明できますか? 波長は倍以上も違うんですよ。
赤と紫を色カテゴリーとして区別しない言語はもちろんあります。
これには、2つの点を指摘しておく必要があります。
1。視覚系による色彩知覚の議論と、言語の色カテゴリーの議論は
別であり、直接混同すべきではない。
2。にもかかわらず、物理信号そのものの性質だけでなく
主体が何を区別して何を区別しないかに依存する、
という点では、両者に共通の性質が見られる。
以下では、言語の色カテゴリーのほうではなく、視覚系の
色彩知覚の話をしましょう。
すでに投稿した記事に書いたのですが、人間が知覚するのは、
光のスペクトル I(λ) そのものではなく、3種類の特性の
視覚神経の反応値(x、y、z)であり、I(λ) から色座標内の
3次元ベクトル(x、y、z)への写像はもちろん単射ではありません。
すなわち、物理的なスペクトルが異なっていても、視覚的に
区別できない色は無数にあります。この写像の近似式に用いる
データは、理科年表の物理科学部にも載っています。
この写像は、多少の個人差こそあれ、言語によらず
人類共通のものです。しかし、それは人間の視覚の
癖であって、動物の種類が異なれば、この写像は
異なります。つまり、ある動物には区別できても
人間には区別できない色とか、その逆の例とかが
無数に存在します。これは、生物学では昔から
知られていることですし、1万円札をカラーコピーしても
同じ色が再生できないのも、これと類似の理由からです。
これは、視覚系でなく言語の色カテゴリーのほうの問題での
「民族」を「動物種」に置き換えた議論と、結局は同じような
議論になっています。
このことは、光のスペクトルが物理的に同じであっても、
認識に依存せずには知覚される色が議論できないないことを
示しています。このことは認識や識別に依存しない色彩属性という
客観的実在だけを考えていたのでは説明できません。つまり、
この事例は色彩の共通認識というものが唯物論だけでは
うまく説明できないということの強力な根拠なのです。
---
ラプラミズ
ども、ワレラです。
ミンメイさん、こんにちは。
>>1 今議論していることは、浮世離れした話ではなく、人工知能の
>>フレーム問題などと直結する内容を含むこと。
>それはいいことですね。よくわかりませんが、実証的な展開が望めると
>面白いですね。
この手の、AI や、認知絡みの工学的研究は、哲学的問題と非常に
似通った(というかその物という説もありますが)問題にぶちあたるよ
うです。
ロボットに「部屋の中に何があるのか」を判断させるだけでも、も
う大変です。物理をロボットに教えたってだめですよ(笑)。
何が存在するのか、という問いに、「物理の教科書」を見ろなんてい
うのは、それこそなんの役にも立たない非実用的な「解答」です。
まじめな工学者が聞いたら怒るかもしれない。
また、たとえば、「同一性」の問題なんかもそうですね。文字認識なんか
いい例でしょうか。OCR の性能は大分上がったようですが、まだ、
人間だったら平気で読める字を、読み取れなかったりすることがあるで
しょう?人間になんで、「同じ」文字に見えるのかっていうのは、よく
考えなきゃいけないことです。
文字の場合は、(英語ということにしましょうか)、単語を知っている
かどうかで、かなり人間の認識率は変動します。文字認識の場合、
外部(がもしもあったらですが)にあるデータだけでなく、内部に持っ
ているデータも「同一性」の判断に関わっていることにならないで
しょうか?
>薬効の問題も、バラの色の例も、私が考え出したわけじゃないんで...。
>箱の中身が一緒になるっていう例を出しても、誰も相手にしてくれないし(笑)。
>あれもよくなかったですかねぇ...。
そういえばそうでした。コンダさんが持ち出したんでしたっけ、両方とも。
薬効なんか、その「存在」に、社会適性度が余りに深く関与しているので、
とても話にならないし、色の話も、ラプラミズさんの力の入った議論からわかる
ように、ちょっと「唯物論」の保証にはなりそうにもないですよね。
#すいません、「はこの中身」の話ってどんな話でしたっけ?
とにかく、
「物体が存在する場合、私の観測とは独立に存在する(した)はずだ」
という命題を守るのは、ラプラミズさんやミリア639さんが指摘されているように、
困難な試みなのです。この命題を守ろうとするものは、それらの困難が
否定しがたいものであることを受け入れたうえで、議論すべきであると
僕は思っています。
#再三いっていますが、僕は、基本的には守りたいと思っています。
>その例はずいぶん前に私が持ち出したように思いますけど...。
>うん、確かに、
あ、失礼しました。そういえば、そうでした。ちゃんと読んでないのが
ばれちゃいますね。
>有名な思考実験なんですか...。出典はなんでしょう?
アメリカの哲学者だったような気が。だれだったかなあ.....。
>>#そんな暇なやつはいない、っていえば、デカルトの議論と同じになるかな。
>ここで議論してるような暇人ならわかりませんよ(笑)。
そうですね(笑)。お互い脳みそを摘出されないように気をつけましょう。
ミリア639@クァドラン・ローです。
>ロボットに「部屋の中に何があるのか」を判断させるだけでも、も
>う大変です。物理をロボットに教えたってだめですよ(笑)。
難しいのは
ロボットに自分を認識させること
2度目に出会ったものが同じだと認識させること
ですね。「同じに見えるから同じだ」というのは通用しませんから...
で、たぶん、なんらかの「仮定的な理論」をロボットに前もって
埋め込むことになります。それが、言語というか、存在論とか
いうものですよね。
>何が存在するのか、という問いに、「物理の教科書」を見ろなんてい
>うのは、それこそなんの役にも立たない非実用的な「解答」です。
>まじめな工学者が聞いたら怒るかもしれない。
記号処理的なアプローチは、物理の教科書に似ていたけど、今のア
プローチはずいぶん違う見たいですね。
>薬効なんか、その「存在」に、社会適性度が余りに深く関与しているので、
>とても話にならないし、色の話も、ラプラミズさんの力の入った議論からわかる
>ように、ちょっと「唯物論」の保証にはなりそうにもないですよね。
そうね。カッケの特効薬が社会的に認知されるには随分かかったようです。
ビタミンなんて一条さんからみれば、これほど自明な存在物はないという
なものなんでしょうけど...
---
ミリア639@クァドラン・ロー
エミリア・ジーナス
> このことは、光のスペクトルが物理的に同じであっても、
>認識に依存せずには知覚される色が議論できないないことを
>示しています。このことは認識や識別に依存しない色彩属性という
>客観的実在だけを考えていたのでは説明できません。つまり、
>この事例は色彩の共通認識というものが唯物論だけでは
>うまく説明できないということの強力な根拠なのです。
確かに色彩は人間の認識を抜きに論じることはできませんが、唯物論は認識
が、対象物と感覚器と脳の連携によって得られるものであることを認めてい
ると思いますから、そういう議論も唯物論の範疇でできますよね。
さらにいえば、色覚細胞の構造や脳の機能を物として調べることで、なぜ分
光計による光の分類と、色による光の分類に食い違う部分もあるのかを定量
的に説明することだってできるわけです。人間の認識をいくら観念的に議論
しても、そこまでうまく説明できないんじゃありませんか?
このように、脳までふくめた感覚器官のフィルタ作用で片づけられるものを
議論しても、唯物論の立場を揺るがすことにはならないと思います。
エミリア・ジーナス
>像 a1,a2 があるとき
>a1=a2 …… (1) だったとしよう
>そのときその説明のために共通の実在 x を想定して
>x=a1 かつ x=a2 …… (2)
>故に a1=a2 …… (3)
>これで説明できたと言う訳ですね.
私が言ったことは、そういうことになるんですか?違うと思うんだけどなぁ...。
同じことを繰り返すのも芸がないので、ロイさんをまねて、私なりに私の
言ったことを表現させてもらいます。
いま、二人の人がα、β、γ、、、という複数の対象にたいして、それ
ぞれ a1,b1,c1...とa2,b2,c2...という像を得たとします。a1とa2を直接比較
することはできませんが、同じ添え字をもつ像は同じ人がみた像ですから
比較可能で、このとき、a1=b1=c1=...かつa2=b2=c2=....が成立したとすれば、
これをもってa1=a2とみなしてるだけじゃないか、というのが一点。
そのとき、S={α、β、γ、、}の要素は x という共通した属性を持ち、
a1,a2という像を作り出したのは、ほんとはxなのだと想定するのが唯物論的
考え方でしょう。では、Sに含まれない対象ωがあり、これがa1という像を
引き起こしたとき、ωは同じくa2という像を引き起こすでしょうか?唯物論
に従えば、a1を引き起こすのはxという属性であるから、ωはxという属性を
持つことになり、したがって、自然にa2も引き起こすということになるわけ
です。さもなければ、ωはSの要素ではありませんから、ωの引き起こす像
がa2であるという保証はありません。もちろん、a2にならないという理由も
ありませんけどね....。ωがa2以外の像を引き起こすこともあるわけですが、
そのときはa1=a2ではないのだとみなし、xという属性は存在しなかったと修
正するか、あるいは、xは存在するが、x以外にもa1という像を引き起こすω
の属性yが存在し、それはa2を引き起こさないと考えることも可能でしょう。
で、この問題を、人間の認識の相似性に押し付けるとすればどうなるかとい
うと、どのような対象に対しても、人間の認識は同じに現れるじはずだから、
同じものが引き起こす像は同じものとなり、a1=a2は自明ということになる
わけで、こっちのほうが自然じゃないかという気もしないでもありません。
しかし、a1=a2を大前提として出発するのには抵抗があるということです。
実際、色盲の例にみられるように人の認識には個人差があって、a1=a2には
なってないケースがたくさんありますよね。
>1.他我問題
> 例えば,どうしてあなたが「赤く見える」のをあなたではない私が「あな
> たには赤く見えている」と分かるのか.
これについて随分論じてきたつもりなんですが....。a1=a2と思えるのはなぜか
という問題と本質的に同じなんじゃないですか?
>2.先行存在の意味制作不可能性
> 我々の経験に先立つ存在とは何か,それに意味を見い出せるか.
「意味」ってのがどういういう意味かはかりかねますが、いまだ認識され
ない「存在」をもとめて、認識の視野を広げようと努力する糧くらいには
なるかもしれませんね。
>3.脳の問題
> 脳と「意識」との関係.因果関係では説明できないだろうと言う主張.
脳の持つ生物学的機能から「意識」が生まれるという因果関係が成り立たない
ということでしょうか?だとすると、眉唾な感じがしますね。それだと、精神
病は薬ではなおらんということになっちゃいそうですね。
要点だけかいつまんで
> これじゃ、いつまでたっても話が噛みあわなかったわけですね。
> 結局は言葉の定義に帰着しちゃうんですね...。
いいえ。定義の問題だけではありません。もし言語の共有を
仮定しなかったら、一致の原因をすべて対象側に求めなければ
なりません。けれども、すでに皆様がご指摘のように、
このような対象の属性をアプリオリに仮定する根拠を示すことは
非常に困難です。
> あるカテゴリーの情報がまったく役に立たないというのと、あるカテ
> ゴリーの情報の中には役に立たないものも含まれているということの
> 違いはおわかりですよね?まあ、可視光以外のスペクトルは切り捨て
> てもいいでしょうが、それ以外の情報が色彩の区別に役立たないとは
> 言い切れないと思いますよ。
それじゃあ、こう説明すればわかって頂けますか。光の波長は
本当は連続にあるけれど、今簡単のためこれを離散化して、
可視光域で100種類の波長モードがあったとしましょう。
各モードの光の強さがあるわかですから、スペクトルの関数形の
自由度は100次元あるわけです。一方、人間の視覚はすでに
何度も説明したように 3次元 の色彩データしかありません。
そこで、適当な変数変換をスペクトルのデータに施して、
3個の変数が人間の色座標に対応する変数に、残りの97個の
変数は人間が区別できない自由度の変数になるようにします。
(こういう変数変換は、数学的には必ず可能です)
このとき、これら97個の変数は、「薔薇農園のおじさんの
電話番号」と何らかわりがないのではありませんか。
> 全然違いますよ。(笑)
> 疑似科学は科学じゃありませんからねぇ...。
> 独我論は観念論の一派じゃないんですか?
すくなくとも、あなたやミンメイ様の考えていらっしゃるような独我論は、
「疑似観念論」のようなものです。本当の観念論者が混同された記事を
読んだら、気を悪くされると思います。
#ところで、私は観念論者ではありません。皆に唯名論者だと
いわれることが多いですが、本人はそんなんこと意識していません。
> 脳の構造が要因であるということだけでも十分ですよ。そもそも、
> 社会や環境というのも、人間の内在的な因子じゃありませんしね。
「唯脳論の公理(笑)」をこんなところで披露されてもお門違いです。
> とうぜん、治験中には認識できない設定になってますが、治験後
> はどうでもいい設定になってます。
だから、認識したら「認識なしに薬効が存在する」なんて
言えなくなるでしょ。よく読んで下さい。
> それは問題じゃないでしょう。「病気の回復」が患者に認識できる
> かどうかは自明ではありません。じっさい、認識できないような
> 回復の仕方はありますから...。
回復が認識できなければ、なおさら薬効の存在を議論できなく
なるわけです。何か全然理解していらっしゃらないようですね。
> 問題なのは、治験中の患者の意識が治験結果に対する認識の際に影
> 響するかどうかという一点でしょう。
これはプラシーボ効果の問題であって、薬効存在の問題とは無関係です。
この影響を取り除くために、わざわざ二重盲検法を用いているのです。
> 観念論でも影響しないという
> 前提であるのならロイさんの例は意味を失うということにすぎませ
> ん。
やっぱり、「観念論」の意味を全く理解していらっしゃらない
ようです。ロイ様のパターンの繰り返しではありませんか。
> 解釈というよりは認識と呼ぶべきだったですかね...。治験記録に対
> する認識が一致するから、それが取り決めに合致してると判定できる
> わけです。
論理の順序が逆では?
> そうやっても説明できることはすでに申しております。
「光のスペクトルが共通ならば色座標が共通」なのは言えますが、
逆は言えません。したがって、同じ色に見える二種類の光が
同じ物理的スペクトルを有しているとは限りません。
> 認識のメカニズムを論じる際には、唯物論者でも無視しないと思います。
捨てた情報に関する自由度で記述できる対象の存在までいつまでも
根拠なくアプリオリに仮定している点を指摘しているのです。
> でも、対象が違うわけですから、一致するかどうかは分らないんじゃ
> ありませんか?もとの図と同じというのは、あくまでもある人の認識
> 上で一致するということですから、それが他の人の認識で一致するか
> どうかはわかりません。たとえば、線の太さが違うとか、ごみがちょ
> っとついているとか、少しでも違うところはあっていいわけです。
それなら、意味のわからない曖昧漠然とした抽象画を被験者
一人ずつに見せて、どんな絵を見たを後で別な部屋で
ラフ・スケッチをさせたら、被験者の間でどのくらい一致すると
思いますか?
これは、実際に心理学で多くの実験がありますので、教科書
なんかにも載っていると思います。
---
ラプラミズ
ラプラミズです。数学的に表記するのは、問題をはっきりさせる上で
便利な場合があります。
> いま、二人の人がα、β、γ、、、という複数の対象にたいして、それ
> ぞれ a1,b1,c1...とa2,b2,c2...という像を得たとします。a1とa2を直接比較
> することはできませんが、同じ添え字をもつ像は同じ人がみた像ですから
> 比較可能で、このとき、a1=b1=c1=...かつa2=b2=c2=....が成立したとすれば、
> これをもってa1=a2とみなしてるだけじゃないか、というのが一点。
この議論は、= の意味について、大きな問題があります。
「言語が共通」とは集合論的に書くとどういうことなのか、以下に書きます。
(下添字が見えやすいように、行間を適宜あけました)
言語1による同値関係を =_1 で、言語2による同値関係を =_2 で表します。
それぞれの同値関係による同値類(但し、代表元を x で表す)
C_1 (x) = { y | y =_1 x} および C_2 (x) = { y | y =_2 x} を
定義したとき、任意の代表元 x について C_1 (x) = C_2 (x) が
成り立つとき、言語1と言語2は同じであるといいます。
#この定義では、「対象」も「像」も仮定する必要はありません。
> そのとき、S={α、β、γ、、}の要素は x という共通した属性を持ち、
> a1,a2という像を作り出したのは、ほんとはxなのだと想定するのが唯物論的
> 考え方でしょう。
それはおかしいと思います。ブリタイ様の上の書き方で、それぞれの人が
判断する「像」の同値関係(ブリタイ様は人1と人2の = 記号を区別して
いらっしゃらないようですが)による同値類が二人で共通しているとは
限りません。したがって、上の集合 S は well defined ではありません。
同値類を共通だと仮定することが、すなわち「言語の共有」を仮定すること
ではないでしょうか。
> では、Sに含まれない対象ωがあり、これがa1という像を
> 引き起こしたとき、ωは同じくa2という像を引き起こすでしょうか?唯物論
> に従えば、a1を引き起こすのはxという属性であるから、ωはxという属性を
> 持つことになり、したがって、自然にa2も引き起こすということになるわけ
> です。さもなければ、ωはSの要素ではありませんから、ωの引き起こす像
> がa2であるという保証はありません。
これも、=_1 と =_2 を混同していることから出てくるトートロジーです。
=_1 と =_2 の等価性をどうしてアプリオリに仮定できるのですか?
ちょっと議論をしていて虚しくなってくるのは、このあたりの ブリタイ様の
トートロジー的発想が、あれだけ複数の人にあれこれ指摘されても、全然
進歩する兆しを見せないことです。
> 脳の持つ生物学的機能から「意識」が生まれるという因果関係が成り立たない
> ということでしょうか?だとすると、眉唾な感じがしますね。
どこが眉唾なんですか? 因果関係で説明できると考えるほうが、
よほど怪しげな議論に思えます。
なお、こういう心身問題については、例えば野家啓一「言語行為の現象学」
(勁草書房)の第I部などに、関連する重要な問題が論ぜられていますので、
一度ご覧になってはいかがでしょうか。
---
ラプラミズ
ブリタイ
>> こういう曖昧な書き方にどう対処すべきか、途方にくれてしまいます。(笑)
>> お説教のおつもりですか?
>一致しない理由に、今回の議論のキーポイントが隠れていると
>いうことです。もし、どんな知覚特性で測っても「異同」の判断が
>変わらないのであれば、おっしゃるような色彩属性のアプリオリな
>存在が議論できますが、実際はそうではないわけです。ですから、
>その原因をよく考えれば、対象の属性の予めの存在を仮定することに
>なぜ無理があるかが理解できるのでは、という提案です。
最初っから、そう書いていただければよかったのに...。
色に関していえば、色彩属性として捕らえるならば、「スペクトル情報」
(他にもあるかもしれないけど)を用いるべきで、それに関しては「異同」
の判断は変わらないものと思っています。便宜上、色の一致を例にあげて
きてはおりますが、色そのものがアプリオリな実在だとは思ってません。
>これはすでにフォッカー様やマックス様もおっしゃっていたのですが、
>哲学の場で存在論や認識論を議論するためには、少くとも
>歴史的コンテクストや用語の意味に関して最低限の合意は必要です。
それを言われると不勉強者としては辛いですね。できるだけ合意を
とれるような生産的なやりかたで議論が進めていただけると嬉しい
のですが...。
>それを守らず一人よがりな用語の使用をされると、議論が
>混乱するので、そういうのは避けて欲しい、というお願いです。
>少くとも、「観念論」という語の正確な意味を知っから
>使っていただきたいと。
用語の混乱をさけるためには、ズバリどこがどう違うのかを指摘していた
だいたらいいと思うんですが、そうでないとこをみると、「観念論」の
正確な意味をつかむためにはそうとう大変な勉強が必要みたいですね。
この言葉は持ちださないほうがよさそうです...。
>視覚特性の仕組みまで唯物論的に説明したとしても、「なぜ
>二人の人が薔薇を見たとき、その色が同じであると認識を
>共有できるのか」という問いを唯物論的に説明したとする
>根拠にはなりえない、ということです。このことは、
>ブリタイ様が出された「二人の人が箱をのぞき込む」例にも
>ほとんどそのまま適用できます。
脳の認識のメカニズムまで説明できないと駄目だっていうこと
なら、確かに説明できてませんね。単に、いまだにできない
だけなのか、原理的に不可能なのかは知りませんが...。まだ
できないだけで、将来的には可能だと思いたいものです。
ブリタイ
>そこで、適当な変数変換をスペクトルのデータに施して、
>3個の変数が人間の色座標に対応する変数に、残りの97個の
>変数は人間が区別できない自由度の変数になるようにします。
>(こういう変数変換は、数学的には必ず可能です)
>このとき、これら97個の変数は、「薔薇農園のおじさんの
>電話番号」と何らかわりがないのではありませんか。
そういうふうに情報のカテゴリーを選ぶことがほんとに可能で
あればね。その場合には、色彩属性としては、その情報だけを
えらべばよいだけのことです。しかしながら、人によって色覚
の関数形は違うわけですから、可視域に限定しちゃうと、だれ
にとっても意味のあるようなスペクトル情報だけを選び出すこ
とがほんとに可能かどうかは疑わしいと思うわけです。
>「疑似観念論」のようなものです。本当の観念論者が混同された記事を
>読んだら、気を悪くされると思います。
のようなもの、ですか?なんだかはっきりしませんね。(笑)
観念論の範疇には入らないというのであれば、そうおっしゃればいいと
思うんですが、そう言い切ることはできないんでしょうか?
なんだか判然としませんね...。なんにせよ、間違ってたらごめんなさい。
>「唯脳論の公理(笑)」をこんなところで披露されてもお門違いです。
お門違いといわれてもねぇ...。なにがどうお門違いなんだか途方にくれ
ちゃいます...。もってまわった言い方はほんとにやめて欲しいなあ...。
>これはプラシーボ効果の問題であって、薬効存在の問題とは無関係です。
ミンメイさんはそう思ってなかったから、二重盲験法の話など持ちだされたと
思うんですけどね...。そこを指摘しただけなんですが、どうにも理解して
いただけなかったようで残念です。
>「光のスペクトルが共通ならば色座標が共通」なのは言えますが、
>逆は言えません。したがって、同じ色に見える二種類の光が
>同じ物理的スペクトルを有しているとは限りません。
いったいどういう脈絡で急にそんな当たり前のことを?
>捨てた情報に関する自由度で記述できる対象の存在までいつまでも
>根拠なくアプリオリに仮定している点を指摘しているのです。
具体的にはどういう事例を指しておられるのでしょうか?
>それなら、意味のわからない曖昧漠然とした抽象画を被験者
>一人ずつに見せて、どんな絵を見たを後で別な部屋で
>ラフ・スケッチをさせたら、被験者の間でどのくらい一致すると
>思いますか?
単に人間の記憶力が悪いだけのことでしょう。そういうことは
観念論では考慮しないんですか?
まあ、そんな例を持ちださなくとも、認識が一致しない例が無数に
あることは認めます。要は、認識が一致するものもまたたくさん
あるということです。
モルク・ラプラミズ
> そういうふうに情報のカテゴリーを選ぶことがほんとに可能で
> あればね。その場合には、色彩属性としては、その情報だけを
> えらべばよいだけのことです。しかしながら、人によって色覚
> の関数形は違うわけですから、可視域に限定しちゃうと、だれ
> にとっても意味のあるようなスペクトル情報だけを選び出すこ
> とがほんとに可能かどうかは疑わしいと思うわけです。
ええと、多少の個人差はあるけれど、一応は人類全体に共通と
いう前提で説明したと思います。写像が異なるのは、動物種が
異なるときであり、だからこそ人間が知覚する対象の色彩属性は
対象と人間の知覚特性の癖との関係でしか説明できず、
対象そのものの属性とは考えられないわけです。
一方、「言語の色カテゴリー」のほうの話は、ここでいう
「動物種」が「民族」に置き換わった議論になるわけです。
> >捨てた情報に関する自由度で記述できる対象の存在までいつまでも
> >根拠なくアプリオリに仮定している点を指摘しているのです。
> 具体的にはどういう事例を指しておられるのでしょうか?
マクロな記述をしているのに、個々の粒子の運動の自由度の情報が
どこかに残っているはずだという確信を根拠に何かを主張したり。
それをやってしまうと、頭の中ではミクロな猫像を残しているのと
同じことになってしまいます。
情報科学では、あるデータが検索できるかとうかが非常に重要な
問題となることがあります。「どこかにある」ということと、
「有限手続きで読み出せる」ということは、時に全く異なる
結論を生み出すことがあります。類似の理由で、どのくらいの
手間数で読み出せるかが、大きな問題となることがあります。
#ボルヘスの「バベルの図書館」は、これをパロッたSF(LF?)
として有名です。
物理系でも、無限自由度の系などでは、同様の問題が起こってきます。
だから、「宇宙全体」に安易に熱力学第二法則を当てはめたりするのは
ちょっと問題になるわけです。
> 単に人間の記憶力が悪いだけのことでしょう。
それがそうとは言い切れないのです。心理学の教科書を見て下さい。
---
ラプラミズ
記事が前後したようですね。
> このように、脳までふくめた感覚器官のフィルタ作用で片づけられるものを
> 議論しても、唯物論の立場を揺るがすことにはならないと思います。
やはり、その通りではないかと思います。
ただ、ラプラミズさんの議論の意図は、唯物論の立場を揺るがすことではなくて、
深く考えない方が唯物論者であると自称している場合に、見落としがちな
知覚や認識についての問題点を指摘しているのでしょう。
-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-
リン・カイフン
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藻前等は国家予算を使っていったい何をやっていたのかと小一時間(w
2008-08-27
DEUS EX MACHINA
■アナザーブラッド ■悠厘さん
機神咆吼デモンベイン
"デモンベインは主人公である大十字九郎とヒロインのアル・アジフが搭乗するいわゆる主役ロボ。覇道財閥が対ブラックロッジの切り札として用意したデウス・マキナと呼ばれる巨大ロボットである。"
"「Demon:魔」を「Bane:滅ぼす」ということで「DemonBane:魔を滅ぼす者」。
デウス・マキナの語源はラテン語の「デウス・エクス・マキナ」 ( DEUS EX MACHINA ) から。「機械仕掛けの神」という意味で、演劇等において収拾のつかなくなった事態を半ば強引に解決する存在を指す。作中では「鬼械神」という文字が当てられる。"
2008-08-26
THE HI-ROUNDER IS APPROACHING FAST!
となりでコスプレ博 第三日 その3
■ペルナ ■真朱小春さん
旋光の輪舞Rev.X版のペルナのようです。
”争いの絶えない世界の中、人々は平和を夢見て地球から宇宙へその住処を移した。人類が宇宙に住み始めて長い年月が経ち・・・時は宙暦1484年。
二人の脱走者。民間警察団体「G.S.O.」とアーリア連邦軍直轄ランダー部隊「S.S.S.」の衝突。悲劇を引き起こした6年前の大使館占領事件。旧世界の人工人間とその裏の何者かの暗躍。「ランダー」を操る人々を巡って様々な物語が交錯する。”
”ペルナ (Ernula)/カストラート (Castrato)
外観年齢15歳程度。旧世界の技術によって作られた少女型アンドロイドで、群体で行動するため同一の容姿を持った仲間が複数いる。互いを「ペルナ」と呼び合ったり、シェル転送は別のペルナが行ったりする。マスターの命令の元に脅威となる存在の排除に暗躍するが、本人達はいたって無邪気。
カートリッジによって表情が全く異なったりする場合もあり、ペルナのEDでは複数のペルナが一堂に会するがそれぞれ着ている服は異なる。 ”
■ペルナ ■真朱小春さん
旋光の輪舞Rev.X版のペルナのようです。
”争いの絶えない世界の中、人々は平和を夢見て地球から宇宙へその住処を移した。人類が宇宙に住み始めて長い年月が経ち・・・時は宙暦1484年。
二人の脱走者。民間警察団体「G.S.O.」とアーリア連邦軍直轄ランダー部隊「S.S.S.」の衝突。悲劇を引き起こした6年前の大使館占領事件。旧世界の人工人間とその裏の何者かの暗躍。「ランダー」を操る人々を巡って様々な物語が交錯する。”
”ペルナ (Ernula)/カストラート (Castrato)
外観年齢15歳程度。旧世界の技術によって作られた少女型アンドロイドで、群体で行動するため同一の容姿を持った仲間が複数いる。互いを「ペルナ」と呼び合ったり、シェル転送は別のペルナが行ったりする。マスターの命令の元に脅威となる存在の排除に暗躍するが、本人達はいたって無邪気。
カートリッジによって表情が全く異なったりする場合もあり、ペルナのEDでは複数のペルナが一堂に会するがそれぞれ着ている服は異なる。 ”
2008-08-23
DJの境界
倉越星さんがDJやるらしい。
第11回 とら☆すた 家庭教師ヒットマンREBORN特集 8/30(土)
ディスクジョッキー
”日本ではクラブDJとディスコDJを分ける人も多いが、厳密な境界はなく、特定ジャンルに精通している者をクラブDJ、オールジャンルでキャッチーな選曲を行うDJをディスコDJと呼び分けたりする(ディスコや大箱クラブではプレイリストが店舗から渡されることがある)。ディスコとクラブを言い分けるのは、風俗営業法に由来する。いわゆるディスコは風営法により深夜0時まで(東京都条例で定める商業地域の指定地域においては、午前1時まで)の営業しか許可されず、それ以降の深夜・早朝にも場所を提供するために、企画者が飲食店を借りる形でクラブイベントが開催された。
この場合、店は貸切パーティーとしてパーティー会場・料理と酒を提供しているだけとされる。 ”
な、なんですと〜
糸色望した、日本の法律に糸色望した。
灯台法学部は何を教えているのかと小一時間...(orz
第11回 とら☆すた 家庭教師ヒットマンREBORN特集 8/30(土)
ディスクジョッキー
”日本ではクラブDJとディスコDJを分ける人も多いが、厳密な境界はなく、特定ジャンルに精通している者をクラブDJ、オールジャンルでキャッチーな選曲を行うDJをディスコDJと呼び分けたりする(ディスコや大箱クラブではプレイリストが店舗から渡されることがある)。ディスコとクラブを言い分けるのは、風俗営業法に由来する。いわゆるディスコは風営法により深夜0時まで(東京都条例で定める商業地域の指定地域においては、午前1時まで)の営業しか許可されず、それ以降の深夜・早朝にも場所を提供するために、企画者が飲食店を借りる形でクラブイベントが開催された。
この場合、店は貸切パーティーとしてパーティー会場・料理と酒を提供しているだけとされる。 ”
な、なんですと〜
糸色望した、日本の法律に糸色望した。
灯台法学部は何を教えているのかと小一時間...(orz
2008-08-19
となりでコスプレ博 第三日 その2
■沢渡いずみ ■月一さん
これが私の御主人様
”沢渡いずみ(さわたり いずみ)
ペットのポチを自宅で飼えなくなった事から妹のみつきと家出を決意する、妹思いの姉。高価なツボや装飾品をポチが破壊したため、その借金返済の為にメイドとして働くことになる。しかし、毎度のドタバタの末の破壊活動の為、借金は減ることはない。アニメではメイドアイドルとしてもデビューする一面もある。巨乳。”
同人異写
月一さま 2008年8月17日トナコス3日目
■結 ■清水美樹さん
セキレイ
”結(むすび)
本作のヒロイン。No.88。佐橋皆人が最初に羽化させたセキレイ。活発系の美少女で作品中1、2を争う巨乳の持ち主。ミニスカート風の巫女装束を普段着用しており、他には佐橋ユカリの古着である体操着とブルマーがお気に入り。長い黒髪を一本結びにしており、加えて長いアホ毛がある。
”
アホ毛
”同人界では古くから使われ、正確な初出は不明であるが、商業では 山田南平『久美子 & 慎吾シリーズ』で「アホ毛」という語が初めて用いられたという説がある。この作品は白泉社の雑誌「花とゆめ」1990年20号からシリーズ連載が開始されている。そのコミックスの中で作者自らヒロイン久美子の1本毛の事を「アホ毛」と言及。”
■天狐空幻 ■大瀬さん
我が家のお稲荷さま
"現代に生きる物の怪、神々そして人間の織りなす「ほのぼのなイマドキのお伽噺(原作文庫オビの記述による)」。妙な因縁から高上家を護る事となった天狐空幻と高上家を取り巻くヒトたちが巻き起こす騒動を描く。ちなみに第3巻は電撃文庫レーベルがリリースした999番目の書籍になった"
"天狐空幻
知能の高さや旺盛な好奇心故か現代文化に対する順応性も高く、数百年封じられていたとは思えないほどあっさり現代社会に馴染むが、普段は家でゴロゴロしつつ「食う」「寝る」「ねだる」を繰り返すだらけた生活を送っている。甘いもの(アイス、ケーキ、お菓子類)が好き。また何かをねだるときは女性の姿となって猫なで声を上げる。"
2008-08-18
となりでコスプレ博 第三日
となりでコスプレ博 第三日。
■ヴィレッタ・ヌゥ ■神田翠さん
コードギアスシリーズの登場人物
”純血派メンバーで階級は騎士侯。戦闘時も沈着冷静で、ジェレミアに高い忠誠心を見せる。生まれの低さから、貴族への憧れを持つ野心家。
ブラックリベリオン後はゼロの正体を突き止めた功績として男爵位を得て中佐に昇進。機密情報局に配置されルルーシュの監視及びC.C.の捕獲の任を受け、アッシュフォード学園の体育教師になる。しかし、記憶の戻ったルルーシュに扇との関係について脅され従わされる事になる。騎士団との繋がりを断つべく中華連邦で扇と対面したところを、ディートハルトの命を受けた咲世子に捕まり拘束される。 ”
コードギアス 反逆のルルーシュ
”舞台は、神聖ブリタニア帝国の植民地とされ、呼称が「日本」から「エリア11」に、「日本人」から「イレヴン」と変わった近未来の日本となっている。
ロボットアクション以外にも政治ドラマや学園物の要素を取り込んでいるのが特徴だが、それらの要素はあくまでエンターテイメントとして取り入れているだけとしており、ジャンルはピカレスクロマンと定義している。”
ピカレスク小説(英語Picaresque novel、スペイン語Novela picaresca)
”「ピカレスク」の語源はマテオ・アレマンの『ピカロ:グスマン・デ・アルファラーチェの生涯 』[2]の「ピカロ」から。悪者と訳されるが、単なる悪い人ではなく、この小説の主人公グスマンのように、
出生に含みのある表現がある(ユダヤ人、娼婦の子であることを暗喩しているものが多い)
社会的には嫌われ者である(が、カトリック的には慈悲を施すべき対象)
食べる(生きる)ために罪を犯したり、いたずらをしたりする
というような特徴を持った者のことを「ピカロ」という。
『グスマン』では犯罪を繰り返す非道徳的な話をしながらそれを中断し、道徳的な訓話を挿入するというバロック的な対比をみせている。そして批判的な叙述はよりユーモアに溢れる一方で、より悲観主義の傾向を強めてゆく”
悲観主義(Pessimism)
"Pessimism, from the Latin pessimus (worst), is the decision to evaluate, perceive and view life in a generally negative light. Value judgments may vary dramatically between individuals, even when judgments of fact are undisputed. The most common example of this phenomenon is the "Is the glass half empty or half full?" situation. The degree in which situations like these are evaluated as something good or something bad can be described in terms of one's optimism or pessimism respectively. Throughout history, the pessimistic disposition has had effects on all major areas of thinking.
Philosophical pessimism is the similar but not identical idea that life has a negative value, or that this world is as bad as it could possibly be."
同人異写
('A`) おねがい★ヴィレッタ先生
まだまだTFT
08年08月17日 となコス◆コードギアスR2
2008.8.16 となコス写真
■ヴィレッタ・ヌゥ ■神田翠さん
コードギアスシリーズの登場人物
”純血派メンバーで階級は騎士侯。戦闘時も沈着冷静で、ジェレミアに高い忠誠心を見せる。生まれの低さから、貴族への憧れを持つ野心家。
ブラックリベリオン後はゼロの正体を突き止めた功績として男爵位を得て中佐に昇進。機密情報局に配置されルルーシュの監視及びC.C.の捕獲の任を受け、アッシュフォード学園の体育教師になる。しかし、記憶の戻ったルルーシュに扇との関係について脅され従わされる事になる。騎士団との繋がりを断つべく中華連邦で扇と対面したところを、ディートハルトの命を受けた咲世子に捕まり拘束される。 ”
コードギアス 反逆のルルーシュ
”舞台は、神聖ブリタニア帝国の植民地とされ、呼称が「日本」から「エリア11」に、「日本人」から「イレヴン」と変わった近未来の日本となっている。
ロボットアクション以外にも政治ドラマや学園物の要素を取り込んでいるのが特徴だが、それらの要素はあくまでエンターテイメントとして取り入れているだけとしており、ジャンルはピカレスクロマンと定義している。”
ピカレスク小説(英語Picaresque novel、スペイン語Novela picaresca)
”「ピカレスク」の語源はマテオ・アレマンの『ピカロ:グスマン・デ・アルファラーチェの生涯 』[2]の「ピカロ」から。悪者と訳されるが、単なる悪い人ではなく、この小説の主人公グスマンのように、
出生に含みのある表現がある(ユダヤ人、娼婦の子であることを暗喩しているものが多い)
社会的には嫌われ者である(が、カトリック的には慈悲を施すべき対象)
食べる(生きる)ために罪を犯したり、いたずらをしたりする
というような特徴を持った者のことを「ピカロ」という。
『グスマン』では犯罪を繰り返す非道徳的な話をしながらそれを中断し、道徳的な訓話を挿入するというバロック的な対比をみせている。そして批判的な叙述はよりユーモアに溢れる一方で、より悲観主義の傾向を強めてゆく”
悲観主義(Pessimism)
"Pessimism, from the Latin pessimus (worst), is the decision to evaluate, perceive and view life in a generally negative light. Value judgments may vary dramatically between individuals, even when judgments of fact are undisputed. The most common example of this phenomenon is the "Is the glass half empty or half full?" situation. The degree in which situations like these are evaluated as something good or something bad can be described in terms of one's optimism or pessimism respectively. Throughout history, the pessimistic disposition has had effects on all major areas of thinking.
Philosophical pessimism is the similar but not identical idea that life has a negative value, or that this world is as bad as it could possibly be."
同人異写
('A`) おねがい★ヴィレッタ先生
まだまだTFT
08年08月17日 となコス◆コードギアスR2
2008.8.16 となコス写真
2008-08-17
2008-08-16
2008-08-15
2008-08-12
【Axis powers】ロシアさんがグルジアさんと戦争していますっ!!【実況】
実は、予知能力があるのです。
前スレ
2008-08-01 ミグオンリーイベント
他サイトより
ヘタリア学園 第百六話 お留守番
”「実はな。グルジアと話をしていたのだが」
「グルジアですか」
「うむ、そうだ」
この上司とその片腕の気色悪い額の広い人の出身地でもあります。ロシアの部下の中ではとても怖い存在だとされています。
「どうも家の者が騒いでいるようだ。それで」”
グルジアが国家総動員令を発令 ロシアなんかに負けないもんっ!
グルジア
”ソビエト連邦の最高指導者、スターリンの出身地である。”
The Georgian Alphabet
グルジア軍
”グルジア軍は、グルジア共和国の国軍。総員21,468人(将校3,747人、下士官10,860人、召集兵6,113人、文官748人)。”
グルジア空軍
”グルジア空軍は、グルジア軍の空軍組織。総員1194人。Mi-8などのヘリコプターの他、自国で生産したSu-25各型とMiG-21UMを保有する。その他、輸送機のAn-2や練習機兼攻撃機のL-29も保有する。”
MiG-21
”独立後のグルジア(MiG-21UMを2機のみ生産)
複座型
MiG-21には各世代に対応する複座の高等練習機として使用される教育訓練戦闘機(Учебно-тренировочный истребитель)型が製作された。主なものとしては、MiG-21U(МиГ-21Уミーグ21ウー)、MiG-21US(МиГ-21УСミーグ21ウーエース)、MiG-21UM(МиГ-21УМミーグ21ウーエーム)などがある。これらは戦闘機型のMiG-21の退役後も各種試験に用いられたり、また専用の高等練習機として使用が続けられている場合がしばしばある。”
Georgian_Air_Force
Fighter Aircraft 0
Ground-Attack Aircraft Su-25KM,Su-25UB 17
まとめると、
グルジアさんは
過去に複座練習機のMiG21UMを2機作ったものの、
現在は戦闘機0機、対地攻撃機Su-25を17機で、
それでロシアさんと戦争しているようです。(orz

前スレ
2008-08-01 ミグオンリーイベント
他サイトより
ヘタリア学園 第百六話 お留守番
”「実はな。グルジアと話をしていたのだが」
「グルジアですか」
「うむ、そうだ」
この上司とその片腕の気色悪い額の広い人の出身地でもあります。ロシアの部下の中ではとても怖い存在だとされています。
「どうも家の者が騒いでいるようだ。それで」”
グルジアが国家総動員令を発令 ロシアなんかに負けないもんっ!
グルジア
”ソビエト連邦の最高指導者、スターリンの出身地である。”
The Georgian Alphabet
グルジア軍
”グルジア軍は、グルジア共和国の国軍。総員21,468人(将校3,747人、下士官10,860人、召集兵6,113人、文官748人)。”
グルジア空軍
”グルジア空軍は、グルジア軍の空軍組織。総員1194人。Mi-8などのヘリコプターの他、自国で生産したSu-25各型とMiG-21UMを保有する。その他、輸送機のAn-2や練習機兼攻撃機のL-29も保有する。”
MiG-21
”独立後のグルジア(MiG-21UMを2機のみ生産)
複座型
MiG-21には各世代に対応する複座の高等練習機として使用される教育訓練戦闘機(Учебно-тренировочный истребитель)型が製作された。主なものとしては、MiG-21U(МиГ-21Уミーグ21ウー)、MiG-21US(МиГ-21УСミーグ21ウーエース)、MiG-21UM(МиГ-21УМミーグ21ウーエーム)などがある。これらは戦闘機型のMiG-21の退役後も各種試験に用いられたり、また専用の高等練習機として使用が続けられている場合がしばしばある。”
Georgian_Air_Force
Fighter Aircraft 0
Ground-Attack Aircraft Su-25KM,Su-25UB 17
まとめると、
グルジアさんは
過去に複座練習機のMiG21UMを2機作ったものの、
現在は戦闘機0機、対地攻撃機Su-25を17機で、
それでロシアさんと戦争しているようです。(orz
2008-08-10
TFTより綾波
■綾波レイ ■亜愛季さん
クローン
”クローンは、同一の起源を持ち、尚かつ均一な遺伝情報を持つ核酸、細胞、個体の集団。もとはギリシア語で植物の小枝の集まりを意味するκλών から。1903年、ウェッバー (H. J. Webber) が、栄養生殖によって増殖した個体集団を指す生物学用語として定義した。また、本来の意味は挿し木である。”
たまには本家(*1)を引用(w
動物は労働するか?
”シロアリなどのいわゆる「真社会性」を持った昆虫達です。
つまり社会全体がクローンなので、誰が生き残ろうと遺伝的には同じことだよ、というスゴイ方法です。究極の社会主義ですな。というか、ここまで来るとコロニー自体が遺伝的単位なので、もはや一個体と見てしまってもいいのかも。一匹一匹は細胞なのか。”
(*1)「赤の女王とお茶を」の筆者と「黒女王 赤女王 及 紅茶」の筆者
は同一です。クローンです。読者の方もクローンです。シロアリならば。(w
(*2)フィルムの焼き増しは物理的に完全なクローンではないですが、
デジタルは完全なクローンです。
2008-08-10
忍者ニニンジャ〜
■くのいちMC ■nagiピ仔さん
くノ一
”現在一般に「くノ一」と表記され、「女」という字を分解すると「く」と「ノ」と「一」に分けられる事が語源とされている。”
”史実に登場するくノ一で有名なのは、武田信玄に仕えた歩き巫女の集団である。
戦国時代には孤児や捨て子、迷子が大量に発生した。
その中から心身ともに優れた美少女のみを集めて歩き巫女に仕立て、隠密として各地に放ったのがくノ一である。
反面、信玄は家臣の謀反を恐れて、彼らの自宅に僧、巫女を泊めるのを禁じた。”
忍者=巫女??
そもそも美少女とかいう用語を使ってる辺りでこれを書いた人がヲ○クなのは(orz
2008-08-06
【クイズ】ノーベル賞の田中耕一の行きつけの寿司屋に最も近いメイド喫茶は?
RinRin王国 2008/08/04
科学と技術の違い
田中耕一
”タンパク質を質量分析にかける場合、タンパク質を気化させ、かつイオン化させる必要がある。しかし、タンパク質は気化しにくい物質であるため、イオン化の際は高エネルギーが必要である。しかし、高エネルギーをかけるとタンパク質は気化ではなく分解してしまうため、特に高分子量のタンパク質をイオン化することは困難であった。
そこで、グリセロールとコバルトの混合物(マトリックス)を熱エネルギー緩衝材として使用したところ[1]レーザーによりタンパク質を気化、検出することに世界で初めて成功した。この功績が評価され、彼の開発した方法を「ソフトレーザー脱離イオン化法」として、ノーベル賞が授与された。「レーザーイオン化質量分析計用試料作成方法」は、1985年に特許申請された。”
マトリックス
”本来は「子宮」を意味するラテン語(< Mater母+ix)に由来する英語Matrixの音写で、そこから何かを生み出すものを意味する。この「生み出す機能」に着目して命名されることが多い。また、子宮状の形状・状態に着目して命名される場合もある。
日本語にあえて翻訳する場合は「基盤」「基質」などの訳語が当てられることがあるが、原語で強く感じられる「生み出す機能」や「形状」が伝わりにくく、必ずしも評判が良くない。例えば「母体」あるいは「子宮体」ならばニュアンスも伝わるのだろうが、このような訳語はほとんど採用されていない。結局、カタカナで表記されることが多い。”
”自然科学 MALDI法を用いる質量分析において、ターゲット化合物のイオン化を支援する化合物。 ”
でまあ、田中さんのサインがあるわけです、秋葉原のその寿司屋に。
一番近いのは
1)メイリッシュ
2)ジャム
3)ミアカフェ
答えは
科学と技術の違い
田中耕一
”タンパク質を質量分析にかける場合、タンパク質を気化させ、かつイオン化させる必要がある。しかし、タンパク質は気化しにくい物質であるため、イオン化の際は高エネルギーが必要である。しかし、高エネルギーをかけるとタンパク質は気化ではなく分解してしまうため、特に高分子量のタンパク質をイオン化することは困難であった。
そこで、グリセロールとコバルトの混合物(マトリックス)を熱エネルギー緩衝材として使用したところ[1]レーザーによりタンパク質を気化、検出することに世界で初めて成功した。この功績が評価され、彼の開発した方法を「ソフトレーザー脱離イオン化法」として、ノーベル賞が授与された。「レーザーイオン化質量分析計用試料作成方法」は、1985年に特許申請された。”
マトリックス
”本来は「子宮」を意味するラテン語(< Mater母+ix)に由来する英語Matrixの音写で、そこから何かを生み出すものを意味する。この「生み出す機能」に着目して命名されることが多い。また、子宮状の形状・状態に着目して命名される場合もある。
日本語にあえて翻訳する場合は「基盤」「基質」などの訳語が当てられることがあるが、原語で強く感じられる「生み出す機能」や「形状」が伝わりにくく、必ずしも評判が良くない。例えば「母体」あるいは「子宮体」ならばニュアンスも伝わるのだろうが、このような訳語はほとんど採用されていない。結局、カタカナで表記されることが多い。”
”自然科学 MALDI法を用いる質量分析において、ターゲット化合物のイオン化を支援する化合物。 ”
でまあ、田中さんのサインがあるわけです、秋葉原のその寿司屋に。
一番近いのは
1)メイリッシュ
2)ジャム
3)ミアカフェ
答えは
2008-08-04
2008-08-04
2008-08-04
2008-08-03
2008-08-02
2008-08-01
ミグオンリーイベント
そんな事より1よ、ちょいと聞いてくれよ。スレとあんま関係ないけどさ。
このあいだ、近所のミグオンリーイベント行ったんです。ミグオンリー。
そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで動けないんです。
で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、Mig25亡命本、とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、Mig25如きで普段来てないミグオンリーに来てんじゃねーよ、ボケが。
Mig25だよ、Mig25。
なんか親子連れとかもいるし。一家4人でミグオンリーか。おめでてーな。
よーしパパ千歳空港イラ頼んじゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、150円やるからその列空けろと。
ミグオンリーってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
壁際テーブルの向かいに座ったスカイホークの奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、
刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。
で、やっと並べたかと思ったら、前の奴が、Mig23戦爆で、とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、Mig23なんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、Mig23
このあいだ、近所のミグオンリーイベント行ったんです。ミグオンリー。
そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで動けないんです。
で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、Mig25亡命本、とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、Mig25如きで普段来てないミグオンリーに来てんじゃねーよ、ボケが。
Mig25だよ、Mig25。
なんか親子連れとかもいるし。一家4人でミグオンリーか。おめでてーな。
よーしパパ千歳空港イラ頼んじゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、150円やるからその列空けろと。
ミグオンリーってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
壁際テーブルの向かいに座ったスカイホークの奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、
刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。
で、やっと並べたかと思ったら、前の奴が、Mig23戦爆で、とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、Mig23なんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、Mig23



